書評
『文学的商品学』(文藝春秋)
斎藤美奈子は男前な女なんである。もしかしたら”偉い人”の不興をかうかもしれぬ意見であっても、建前で武装することなく、相手の目を見てきちっと理詰めで説明できる。そんな男前な男など滅多にお目にかかれぬ昨今、絶滅寸前の稀少動物として国で保護したほうがよいかもしれない、そのくらい貴重な評論家なのだ。おわかり?
そんな斎藤さんの一一作目の著作にあたるのが、『文学的商品学』なのである。青春小説、風俗小説、カタログ小説、フード小説、ホテル小説、バンド文学、オートバイ文学、野球小説、貧乏小説、という九つの切り口で、尾崎紅葉から三島由紀夫、庄司薫、山田詠美、渡辺淳一など七〇作家の八二作品を読解。デビュー評論集『妊娠小説』以来一〇年ぶりに〈小説作品をまともに論じた本〉になっているのだ。
わたしたちは小説を読む時、ついストーリーや主人公の造型にばかり目を向けがちなのだけれど、斎藤さんはそういう一辺倒な読書のありように疑問を投げかける。〈いっけん些細な細部にこそ、その小説の魅力がひそんでいるケースは少なくないし、筋書きや主人公にのみとらわれていると、おもしろいかもしれない小説の「おもしろさ」を見逃してしまうかもしれない〉。そして、〈小説を楽しむには、センサーをたくさん持っていたほうがいい〉と説き、〈日本の現代文学がモノ(やや高級ないいかたをすれば消費財)をどう描いているか〉考察することで、そのセンサーの働きを実践的に見せてくれるのだ。
で、そのセンサーの下では、本来一緒に語られることのない、渡辺淳一と金井美恵子の作品が同一線上に置かれることになるのだけれど、それは想像するだにスリリングな試みだし、実際とても刺激的な展開を見せる。たとえば風俗小説を扱った章で、斎藤さんは渡辺作品の『失楽園』の文章を、〈衣装の「説明」はしても「描写」はしていません〉と看破。同時に金井作品『恋愛太平記』など「描写」に優れた作品を引用しながら、〈衣の表現と食や住の表現は、不思議とレベルがあっている〉という風俗小説の法則を発見し、『失楽園』がなにゆえ小説としてダメなのかを、ディテールの面から理路整然と証明してみせるのだ。
快哉(かいさい)につぐ快哉。たしかに、この楽しさはストーリーの興趣だけにとらわれていて発見できるものではない。これはまっとうな文芸評論というだけではなく、小説の楽しみ方読本としても格好のテキストなのである。しかしそれにしても、男前の女が書く文章とは、どうしてこうもカッコいいのだろう。見習いたい。
【この書評が収録されている書籍】
そんな斎藤さんの一一作目の著作にあたるのが、『文学的商品学』なのである。青春小説、風俗小説、カタログ小説、フード小説、ホテル小説、バンド文学、オートバイ文学、野球小説、貧乏小説、という九つの切り口で、尾崎紅葉から三島由紀夫、庄司薫、山田詠美、渡辺淳一など七〇作家の八二作品を読解。デビュー評論集『妊娠小説』以来一〇年ぶりに〈小説作品をまともに論じた本〉になっているのだ。
わたしたちは小説を読む時、ついストーリーや主人公の造型にばかり目を向けがちなのだけれど、斎藤さんはそういう一辺倒な読書のありように疑問を投げかける。〈いっけん些細な細部にこそ、その小説の魅力がひそんでいるケースは少なくないし、筋書きや主人公にのみとらわれていると、おもしろいかもしれない小説の「おもしろさ」を見逃してしまうかもしれない〉。そして、〈小説を楽しむには、センサーをたくさん持っていたほうがいい〉と説き、〈日本の現代文学がモノ(やや高級ないいかたをすれば消費財)をどう描いているか〉考察することで、そのセンサーの働きを実践的に見せてくれるのだ。
で、そのセンサーの下では、本来一緒に語られることのない、渡辺淳一と金井美恵子の作品が同一線上に置かれることになるのだけれど、それは想像するだにスリリングな試みだし、実際とても刺激的な展開を見せる。たとえば風俗小説を扱った章で、斎藤さんは渡辺作品の『失楽園』の文章を、〈衣装の「説明」はしても「描写」はしていません〉と看破。同時に金井作品『恋愛太平記』など「描写」に優れた作品を引用しながら、〈衣の表現と食や住の表現は、不思議とレベルがあっている〉という風俗小説の法則を発見し、『失楽園』がなにゆえ小説としてダメなのかを、ディテールの面から理路整然と証明してみせるのだ。
快哉(かいさい)につぐ快哉。たしかに、この楽しさはストーリーの興趣だけにとらわれていて発見できるものではない。これはまっとうな文芸評論というだけではなく、小説の楽しみ方読本としても格好のテキストなのである。しかしそれにしても、男前の女が書く文章とは、どうしてこうもカッコいいのだろう。見習いたい。
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初出メディア

共同通信社 2004年6月2日
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