書評
『終戦詔書と日本政治 - 義命と時運の相克』(中央公論新社)
玉音放送の草稿修正箇所に注目
1945年8月15日の玉音放送は、天皇自身が詔書を読み上げることで儒教的な「天子」として振る舞おうとするものだった。だからこそ、陽明学者の安岡正篤(まさひろ)は「義命ノ存スル所」という言葉にこだわった。降伏は、天皇自身の良心が命ずるところでなければならなかった。だが、閣議では言葉が難解すぎるという理由で、「時運ノ趨(おもむ)ク所」に修正される。安岡によれば、これだと風の吹き回しで降伏することになり、天子の言葉ではなくなってしまう。究極の支配者は時間となり、天皇もまた時間の流れには逆らえなかったという言葉が、終戦詔書のなかに織り込まれたのである。
詔書の草稿を丹念に調べ、この修正箇所に注目した著者の眼力は高く評価されよう。著者も引用する丸山眞男に言わせれば、これこそが「なりゆき」の論理に基づく政治といえる。本書が対象とする近現代に限らず、広く日本の政治を考えるうえで重要なポイントを提供していよう。
朝日新聞 2015年7月19日
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