書評
『戦争とトラウマ』(吉川弘文館)
戦争とトラウマ
戦争神経症に対する研究は、現在も充分(じゅうぶん)に行われていない。戦後の精神医学界でも無視されたテーマであった。本書は、この分野にひそむ問題を整理し、戦争の悲劇は時空を超えて存在すると訴えている。戦時下では「戦争神経症の存在は注意深く国民の目から隠されていた」。精神疾患による皇軍兵士の抗命や逃亡、命令拒否などが、伝染病の如(ごと)く軍内に広まるのを恐れていたためだ。精神疾患の兵は、差別され排除された。
本書はデータを引用して詳細な分析を試みている。精神疾患の診察にあたった国府台(こうのだい)陸軍病院の、1937年12月から45年11月までの入院患者8002人の発病地は中国大陸が多く、次いで国内、「満州」で、太平洋・東南アジア地域からの患者は10%に満たない。患者移送(還送)の難しさや途中の戦死も多いためだ。
従来の研究は戦場と銃後が中心だったが、その間の還送の研究が必要だと著者は説く。注目すべき視点だ。
[書き手] 保阪 正康(ほさか まさやす)作家・評論家。『東條英機と天皇の時代』『五・一五事件』『あの戦争は何だったのか』『昭和の怪物 七つの謎』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、「昭和史の大河を往く」シリーズなど著書多数。
朝日新聞 2018年3月4日
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