書評
『職業外伝』(ポプラ社)
「人生まるごと」の仕事人を訪ねる旅
幼い頃に心躍らせた夜店の賑(にぎ)わい、場末の小屋で見てはいけないものを見て全身金縛りになった体験、長じて出入りするようになった花街の人生模様。その万華鏡のような思い出を彩っていたのが、飴(あめ)細工や見世物(みせもの)であり、幇間(ほうかん)や俗曲師の姿であった。あるいは紙芝居師、銭湯絵師、麻紙紙漉人(ましかみすきにん)、彫り師、へび屋、真剣師。いまや「絶滅職種」とでもいうべきこれら仕事人を訪ねる旅である。迷走し、放浪したあげく、回り回ってやっとたどりついた「職」。夢にも思わなかった人生。目算があってその仕事についたわけではない。たぶん「ハマった」としか言いようがない。
ほろっとさせられる話がいっぱい。
芸大の彫刻科の授業に嫌気がさし、テキ屋稼業でもまれ、「日本一の飴細工師」になった男。ある日、知的障害をもつ幼女が百円玉を握りしめて、「オジサン、クモつくって。お空の雲」とねだる。「思わず空を見上げた。いままでで一番うれしくて、悲しかった注文だった」
女も男もみな一途だし頑固だが、人情にだけはつい流されてしまう。それはたぶん、陰で支えてくれる人がいたからこそ、いつ持ち崩すやもしれぬこんな不安定な人生をまがりなりにも続けてこられたのだと思い知っているからだ。だから、えらそぶるところが微塵(みじん)もない。
根暗で、引っ込み思案な幇間と、学校教員の妻。出勤前の喧騒(けんそう)のさなか、脇でチントンシャンと三味線の稽古(けいこ)をしている夫に妻が切れる。以後、ゴミ出しを引き受けるが、その後ろ姿を見た奥さんは「この人には所帯じみた感じは全く似合わない」と、即刻、言葉を翻す。
90歳でいまも賭け将棋に生きる真剣師。波瀾(はらん)万丈の人生にあって再三、生活に窮し妹に金を無心するが、母はそのたび同じ金額をそっと娘に送っていた。その母の臨終の床の下から、息子の名義で書かれた香典袋が出てきて、このつわものがどっと泣き崩れる。
働くことが人生を、悲喜こもごもまるごと抱え込んでいたこれらの仕事、それが消えてゆく理由をとことん知りたいと、読み終えて思った。
朝日新聞 2005年5月15日
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