脱「お任せ政治」対話が生む希望
これは一冊の「対話篇」だ。対話するのは、最低賃金のアルバイトで生計を支えつつ、音楽や相撲について書くフリーライター(56歳女性)と、次世代リーダーの一人と目される、野党の国会議員(50歳男性)。
冒頭には、政治不信が列挙される。「安心させてくれない」「働いても時給が安い」「女性差別があたりまえ」「貧困がおいてけぼり」「年金が払えない」「健康を守ってもらえない」。著者は不安を安心に変えるビジョンを国会議員が示せるか否か、政策を読み込み、疑問をぶつけるのだ。
市井の人代表が、誠実な政治家にそのビジョンを聞き、かみくだいて一冊にした本――読む前はそう、想像していた。
しかし、そうではなかった。この本の意義は、「対話」にある。
わたしが驚愕したのは、家賃の高さと独身女性やフリーランスへの差別的対応のせいで慢性的に住宅問題に悩まされている著者が、「ベーシックサービスに住宅扶助を加えて」という、切実な要望をつきつけるくだり。
個人に現金を支給するベーシックインカム=最低生計補償と、医療や介護、教育などの公的サービスを無料にするベーシックサービスを、国会議員は「未来の政策」として提言している。けれど、国会議員は「住宅手当はベーシックインカムに上乗せするのが透明で平等」という意見だ。
ここで著者は怒りだす。住居が持てないのはお金の問題だけではない。独身女性だから、フリーランスだから、あるいは外国人だから等々、門前払いを食う層は存在する。お金も重要だが、フラットに配ればいいわけじゃない。たいへん重要な政策と喝破した著者は、複雑な税制や社会保障の仕組みをしゃかりきになって勉強し、総務省の「消費実態調査」グラフまで持ち出して、説得にかかる。ベーシックインカムじゃダメ、ベーシックサービスで支えなきゃ!
すると国会議員が新しい施策を思いつくのだ。「国が保証人になる制度を作るのはどうだろう」!
この場面と、それに続く二人の画期的なやりとりのくだりには、なにか確実に目を啓(ひら)かされる。これは、主権者がその代表である国会議員と「対話」する本だ。たとえそこに意見の違いや対立があっても、「対話」はなにかを生むのだと、希望を感じさせてくれる。
最終的に、この「対話」こそが民主主義だと、著者は気づくのだが、その過程で読者も、お上にお任せ的な政治ではない、一国の主権者としてのふるまいとはどういうものか考えさせられる。著者ほどの猛勉強はできないにしても、自分にとって重要な課題について主体的に考え、有権者の代表といっしょに解を導こうという姿勢は民主主義の基本であるべきだろう。でも、この国ではあまり重要視されてこなかった気がする。
このような、主権者に考えさせ、積極的に参加させる民主主義のありようも、この国会議員の持論であるらしい。昨年公開されたドキュメンタリー映画で注目された、「日本を良くしたい政策オタク」の野党政治家・小川淳也氏の政策や人となりに関しては、『本当に君は総理大臣になれないのか』(小川淳也・中原一歩著、講談社現代新書)が参考になる。
【単行本】