選評

『夜の明けるまで 深川澪通り木戸番小屋』(講談社)

  • 2018/01/01
夜の明けるまで 深川澪通り木戸番小屋 / 北原 亞以子
夜の明けるまで 深川澪通り木戸番小屋
  • 著者:北原 亞以子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(280ページ)
  • 発売日:2007-06-15
  • ISBN:4062757702
内容紹介:
生きるのが辛くなった人々をやさしく迎えてくれる木戸番小屋があった――江戸の片すみ・澪通りの木戸番小屋に住む笑兵衛(しょうべえ)とお捨(すて)。心やさしい夫婦のもとを、痛みをかかえた人たちが次々と訪れる。借金のかたに嫁いだ女、命を救ってくれた若者を死なせてしまった老婆、捨てた娘を取り戻そうとする男……。彼らの心に温かいものが戻ってくる物語全8作。第39回吉川英治文学賞受賞作

吉川英治文学賞(第39回)

受賞作=北原亞以子「夜の明けるまで」/他の選考委員=五木寛之、北方謙三、林真理子、平岩弓枝、宮城谷昌光、渡辺淳一/主催=吉川英治国民文化振興会/発表=「現代」二〇〇五年五月号

北原小説の醍醐味

若くして江戸留守居役に養子にと望まれた逸材がいた。留守居役は、ほかの藩の同役たちと組合をつくって情報を交換し合い、幕藩体制下の政治的局面での重要な役割を担うという、いわば当時の外交官のような存在、各藩ともすぐれた人材をこの職に充てていた。だからこの若者がいかに将来を期待されていたかがわかるが、ある夜、彼は親友に誘われて下町へ飲みに出かけた。

一方、江戸深川に遊女の着物の繕いをしながら細々と暮らしの煙を立てている嫌われ者の老女がいた。日頃から、「生きていてもしょうがない。死にたい、死にたい」と愚痴っているような女である。

北原亞以子さんの作家的剛腕が、この前途有為の若者と前途真っ暗な老女を、火事で結びつける。それが第四話の「いのち」。生きるだけ生きて世の中の役に立とうと志した若者が、生きていてもしようがないとおもいながらやっと息をしている老女を炎の下から助け出し、そして死んでしまうのである。

この世の不条理(ばかばかしさ)がこの下町の小事件に一気に結晶する。とりわけ若者を飲みに誘った親友の苦しみは筆に尽くせないものがあるが、ここでこのシリーズの狂言回しの役をつとめている木戸番夫婦が、この『罪と罰』にも匹敵するような大難題を、深川風に、というより北原流儀でみごとに解決、というより軽やかに昇華してしまう。淡々とした筆の捌きの下に見え隠れする巨きな主題……北原小説の醍醐味はここにある。

【この選評が収録されている書籍】
井上ひさし全選評 / 井上 ひさし
井上ひさし全選評
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(821ページ)
  • ISBN:4560080380
内容紹介:
2009年までの36年間、延べ370余にわたる選考会に出席。白熱の全選評が浮き彫りにする、文学・演劇の新たな成果。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

夜の明けるまで 深川澪通り木戸番小屋 / 北原 亞以子
夜の明けるまで 深川澪通り木戸番小屋
  • 著者:北原 亞以子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(280ページ)
  • 発売日:2007-06-15
  • ISBN:4062757702
内容紹介:
生きるのが辛くなった人々をやさしく迎えてくれる木戸番小屋があった――江戸の片すみ・澪通りの木戸番小屋に住む笑兵衛(しょうべえ)とお捨(すて)。心やさしい夫婦のもとを、痛みをかかえた人たちが次々と訪れる。借金のかたに嫁いだ女、命を救ってくれた若者を死なせてしまった老婆、捨てた娘を取り戻そうとする男……。彼らの心に温かいものが戻ってくる物語全8作。第39回吉川英治文学賞受賞作

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

現代(終刊)

現代(終刊) 2005年5月

関連記事
井上 ひさしの書評/解説/選評
ページトップへ