選評
『オリンピックの身代金』(角川グループパブリッシング)
吉川英治文学賞(第43回)
受賞作=奥田英朗「オリンピックの身代金」/他の選考委員=五木寛之、北方謙三、林真理子、平岩弓枝、宮城谷昌光、渡辺淳一/主催=吉川英治国民文化振興会/発表=「小説現代」二〇〇九年五月号やるせない関係
昭和三十九年(一九六四)の秋、東京オリンピックの開会式はなにごともなく無事に終わった。そこで、〈オリンピックを人質にとって、八千万円を要求し、その要求が容れられなければ、開会式でダイナマイトを爆発させ、国家の面目を失わせてやる〉という、本作の主人公たちの企てが失敗することは、読む前からわかっている。したがって読者は、主人公たちがどのようにして失敗したかに力点を置いて頁をめくることになるが、その期待は、作者の用いた叙述方法によって充たされる。作者は、二つの物語を用意した。第一は、主人公たちが仕掛けた予告的な事件の解明を急ぐ国家装置の、時間の流れに沿った動き。第二は、主人公たちが国家的行事を妨害しようと決意するに至るまでの個人史と、その実行についての詳細な報告。この二つが次第に接近、やがて絡み合いながら、山場の開会式をめざして一つになって行く叙述が力感にあふれていて、読者をわくわくさせる。すなわち国家と個人の関係をおもしろく物語化してみせたところが、作者の手柄である。
開会式の爆破に失敗した真の原因が、じつは主人公たちの友情にあったというのも、皮肉な結末だ。親子の情愛にも似た篤い友情が、結局は国家を守ることになるわけだから、なんだかやるせない話だが、いつだって、国家とわたしたちとの関係はやるせないものなのだから、これは一面の真理を言い当てた作品でもあった。力作である。
【文庫版】
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