選評
『クアトロ・ラガッツィ―天正少年使節と世界帝国』(集英社)
大佛次郎賞(第31回)
受賞作=佐伯一麦「鉄塔家族」、若桑みどり「クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国」/他の選考委員=川本三郎、髙樹のぶ子、山折哲雄、養老孟司/主催=朝日新聞社/発表=同紙二〇〇四年十二月二十三日長編の身辺雑記に成功
あの宣教師の時代に、厖大(ぼうだい)な量の日本見聞録が書かれたが、若桑みどりさんのこの二段組み五百余頁の大著は、その選択的な一大集成である。そこに浮かび上がるのは、当時の日本と世界との躍動しつつ激変する巨大な歴史のうねり。そのうねりの中を少年たちは、はるばるローマを目指す……当時の日本と世界の様子が丸ごとわかる本だ。少年使節のローマ体験を、若桑さんはご自分のローマ体験と重ねているので、いたるところで文章が生き生きと弾み、その快い弾みに乗ってあっという間に読みあげてしまった。
佐伯一麦さんの『鉄塔家族』は、地方都市の丘の上に巨大な鉄塔が完成するまでの、付近の人びとの身辺雑記の体裁を装った大長編である。
身辺雑記と大長編、水と油のようだが、文章がいいから、つい読まされてしまううちに、主人公の別れた妻の影がゆっくりと姿を現してくる。この前妻とのやりとりは切実で、哀(かな)しく、不謹慎かもしれないが、むやみにおもしろい。そして読み終わったとき、わたしたちが噛(か)み締めるのは、「この世で片付くことはなにもない。すべて普請中」という人生の苦さである。身辺雑記で大長編を書くという実験的な試みはみごとに成功した。
【この選評が収録されている書籍】
朝日新聞 2004年12月23日
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