書評

『ヴィシー時代のフランス―対独協力と国民革命1940‐1944』(柏書房)

  • 2017/11/27
ヴィシー時代のフランス―対独協力と国民革命1940‐1944  / ロバート・O. パクストン
ヴィシー時代のフランス―対独協力と国民革命1940‐1944
  • 著者:ロバート・O. パクストン
  • 翻訳:剣持 久木,渡辺 和行
  • 出版社:柏書房
  • 装丁:単行本(423ページ)
  • 発売日:2004-06-00
  • ISBN-10:476012571X
  • ISBN-13:978-4760125715
内容紹介:
ナチへの自発的な協力、ヴィシー独自の国民革命、戦後の第四共和政との連続性を鮮やかに立証。対独レジスタンスの輝かしい神話を崩し、従来のヴィシー像にコペルニクス的転回をもたらした記念碑的研究。

歴史の闇、ナチ利用の「革命」浮き彫りに

本書はフランス現代史の分野で戦後最も重要な一冊であり、レジスタンス神話によるヴィシー政権の性格づけを一気にくつがえしたことで「パクストン革命」とも呼ばれる名著であるが、日本の読者にとってその衝撃力を理解するのは難しい。フランスの戦前戦後の歴史が頭に入っていないからだ。そこで一つ、パラレル・ワールドSFにならって、日本の歴史に「イフ」をかけて、日仏の間に無理にアナロジーを作ってみることにする。

一九四四年六月、マリアナ沖海戦で大敗した日本は休戦を決意、東京以南が連合国の占領地域、以北が日本政府による間接統治という休戦条件を受け入れる。日本が国体の護持と海外領土の保全を願ったのに対し、英米は対独戦争に全力を注ぎたかったので、双方の思惑が一致したのだ。政府が草津に置かれたことにより、「草津政権」と呼ばれた。

この「草津政権下の日本」では何が起こったのか? 敗戦に直面した日本人は軍国主義を深く反省し、財閥解体、農地解放、累進課税などの徹底した民主化へと突っ走った。「草津政権」はそれが日本再建の道と信じたのだ。軍国主義者のレジスタンスを弾圧したり、ナチのUボートを撃沈したりもした。ところがなんとしたことか、一九四五年三月、ナチス・ドイツは原爆を完成。形勢は一気に逆転し、第二次大戦は連合国側の敗戦で終わる。日本はナチによって「解放」され、「草津政権」関係者は粛清裁判にかけられた。彼らは「草津政権」は占領軍に対する「楯」として機能したのであり、日本の植民地化を防いだと反論したが、処刑された。「草津政権」は再び軍国化した日本で忌まわしい記憶として抑圧されるようになる。

このパラレルSFの白黒逆転版が、一九四〇年六月、ナチ・ドイツの電撃戦で戦意を失ったフランスで実際に起こったことである。すなわち、フランスは第一次大戦の英雄ペタン元帥をかつぎ出し、対独協力を条件とする休戦協定に調印、南仏と植民地の自治を認められる。ヒトラーは徹底抗戦政権が植民地に生まれ、戦争が長引くのを憂慮し、一方フランス人は早く常態に戻りたいと願ったため「一種の暗黙の一致」が生まれたのだ。ペタン政権は首都が保養地のヴィシーに置かれたことからヴィシー政権とも呼ばれた。ヴィシー政権は植民地がイギリスの手に渡ることを恐れ、イギリスとも交戦した。ところが、連合国による解放後、ヴィシー関係者は粛清裁判で断罪され、この時代はフランスの歴史の上で「なかったこと」にされてしまった。

戦後、ロベール・アロンなどによるヴィシー研究は行われたが、粛清裁判の資料だけを用いたため偏向が生まれた。「第一に、ナチによる『絶対的な命令』。第二に、この『絶対的命令』に対して楯の役割を演じたヴィシー。第三に、ヴィシーと連合国との間の密かなダブル・ゲーム“裏取引”。第四に、フランス世論に見られた一般的な『待機主義』」

アメリカ人研究者であるパクストンは、「奇妙なことだが、このドイツ中心の視座は、ドイツの政策がどうであったのかについての知識をまったく欠いていた」とし、ドイツ側の資料を徹底的に解読することで、アロンの挙げた四つのテーゼを次々に撃破していく。

パクストンは第三・第四テーゼは公文書の照合で簡単に論駁(ろんばく)できるとし、最も重要な第一と第二のテーゼに照準を合わせる。すなわち、ドイツが無制限に権力を行使したとする認識は占領末期には当てはまるが、ヴィシー政権初期には該当しない。ヒトラーは対英攻撃準備のために、フランスの中立化を歓迎したからだ。

また、ドイツの「絶対的命令」に対する楯として機能したという主張も、ヴィシー政権が「国民革命」の名のもとに第三共和政の価値観の見直しを行った事実により、意味をなさないという。つまり、自由放任経済、議会制民主主義、家族・国家・教会の軽視、デカダンスへの傾斜、ユダヤ人勢力の伸張などがフランス社会を堕落させ、敗戦を招いたと結論し、フランス国民を鍛え直す「国民革命」を断行し、それによって「対独協力」を行おうとしたのだ。ところが皮肉にも「『国民革命』の計画に対して、ドイツ占領当局はたいてい無関心であった」。ひとことでいえば、フランスは「苦痛を癒す手段として自己を懲らしめる鞭を欲し」て、勝手に、しかも過激に右傾化してみせたのだ。それはヴァレリーやジッドなどの知識人においても観察された。「対独協力とは、フランスの行政と教育と雇用の方法を大きく変更するために、外国の軍隊を利用することを意味したのである」

ヴィシー政権と違って、日本の「草津政権」は生き延びた。「一九四〇年のムードを思い出すためには、戦後につくり出された歴史観で覆われた層を剥ぎ取らねばならない」とする本書は、日本の現代史の再検討にも役だつのではなかろうか。(渡辺和行、剣持久木訳)

【この書評が収録されている書籍】
鹿島茂の書評大全 洋物篇 / 鹿島 茂
鹿島茂の書評大全 洋物篇
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:毎日新聞社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2007-09-01
  • ISBN-10:4620318280
  • ISBN-13:978-4620318288
内容紹介:
100の書評でめくるめく世界の旅へ誘う愛書狂による最強のブックガイド。

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ヴィシー時代のフランス―対独協力と国民革命1940‐1944  / ロバート・O. パクストン
ヴィシー時代のフランス―対独協力と国民革命1940‐1944
  • 著者:ロバート・O. パクストン
  • 翻訳:剣持 久木,渡辺 和行
  • 出版社:柏書房
  • 装丁:単行本(423ページ)
  • 発売日:2004-06-00
  • ISBN-10:476012571X
  • ISBN-13:978-4760125715
内容紹介:
ナチへの自発的な協力、ヴィシー独自の国民革命、戦後の第四共和政との連続性を鮮やかに立証。対独レジスタンスの輝かしい神話を崩し、従来のヴィシー像にコペルニクス的転回をもたらした記念碑的研究。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2004年10月3日

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