書評

『痙攣する地獄』(作品社)

  • 2018/01/04
痙攣する地獄 / 高山 宏
痙攣する地獄
  • 著者:高山 宏
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(324ページ)
  • 発売日:1995-04-00
  • ISBN-10:4878932198
  • ISBN-13:978-4878932199
内容紹介:
「目を大きくみひらき〈光〉の中に歩みいでよ」。近代啓豪主義の至上命令のもと、時代の「光学」―ガラス、ファンタスマゴリア、パーラー・アクアリウム―がいざなう錯乱する視線の領域。科学が脱魔術化される直前の疑似知の雑嚢を切り開く高山幻想文学論の精髄。
高山宏というのは一種独特の文化史家、というよりも他に類を見ないエピステモロジストではなかろうか。昨年から今年にかけて相次いで刊行された彼の著作のいくつかをまとめて読み、改めてその感を強くした(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1995年)。

といっても、高山宏の文化史(エピステモロジー)は、歴史の縦軸ではなく、横軸にそって展開されるのをその特徴としている。つまり、高山宏の思考は、徹底した「輪切り思考」なのだ。たとえば、十八世紀という世紀あるいは一八八〇年代というディケイドが彼の頭の中に喚起されると、たちまちのうちに、これらの期間中に世界中の人知が生み出したありとあらゆる事象が召喚されて同一平面上に並置され、それらすべてを通底させているエピステーメ(認識基盤)の解読が開始される。もちろん、文学史、美術史、政治史、思想史などといったジャンルやイギリス、フランス、日本、中国といった国籍は、一切関係ない。ただ、その時代時代に共通したエピステーメが見いだされるか否かだけが重要なのだ。

したがって、高山宏のエッセー群は、本筋から言えば『ふたつの世紀末』『テクスト世紀末』のように、対象となっている「時代別」に編纂(へんさん)されてこそエピステモロジーという本領を最大限に発揮するはずである。

ところが手元に溜まったエッセーをそれぞれの編集者に勝手に持っていかせて好きなように編纂させたという最近の著作群は、この高山的な本質を押さえ切っていないように思われる。なぜなら、そのいくつかは、「テーマ別」という、およそ高山宏にふさわしくない切り口で編集されているからである。おそらくこのせいだろう、どの本を読んでも同じような印象を受けるという評が一部に聞こえるのは。

では本書、『痙攣(けいれん)する地獄』はどうか。結論から言えば本書はこうした弊を免れた例外的な一冊である。その理由はいくつかある。

ひとつは、巻末に置かれた荒俣宏との三本の対談である。この対談は、それぞれが、南方熊楠、悪魔、フランス革命というバラバラなテーマを扱ったものだが、お互いを唯一の同志と呼び合う仲だけあって、完全に息のあった二重奏が奏でられていて、二人が目指すところが、ともに隠れたエピステーメの掘り起こしであったという事実があますところなく語られている。ひとことでいえば、この対談はさまざまなテーマを扱うかに見えて、実は二人が共有する、「エピステーメ発見の方法論」の問題に終始しているのである。なかでも注目すべきは次のような二人の発言だろう。

荒俣 合理っていうのは要するに、なんて言うのかな、つまり本で言えば索引をつくることですから、索引づくりでしかないわけです。当然これに使うものというのは限定されるのですね。(……)

高山
合理が索引をつくってと言うけれども、その索引をつくる行為というのは、こんなファンタジックなものはないんだね。やってみればすぐにわかる。

荒俣 これは恣意的(しいてき)な行為の最たるもの。ほとんど神の遊びですね。(……)

高山 合理って、ヴァンダル、野蛮きわまる行為だ。

この認識はなかなかすごい。なぜなら、エピステーメの発見という、「合理的」な行為がもう一度フィード・バックされて、それ自体がその中にエピステーメを発見すべきアモルフな対象となるという「メタ・エピステモロジック」な認識が開陳されているからである。これこそが本書の「へそ」であるといっていい。

この認識は、高山宏が敬愛してやまない澁澤龍彦、種村季弘、そして、ほかならぬ荒俣宏を論じた第三章、「超偏愛的」であますところなく活用されている、つまり、自らの思考様式を形成するに察して大恩をこうむったこれらの著述家を論じるという形式を取りながら、高山宏はエピステモロジストとしての自分の方法論の中にエピステーメを探ろうという試みに出ているからだ。ここは、批評は自らを語る批評としてのみ成立するという小林秀雄の公理を再確認したくなる箇所である。

以上の点を視野に入れたときに分かってくるのは、「幻想文学論」と題された本書は、単に、ファンタスマゴリアやメスメルやポーが扱われているから幻想論なのではなく、ちょうど三六〇度回転したような形で、「アルス・コンビナトリア(結合術)」によるエピステーメの発見という高山宏の方法論それ自体が「幻想的」であると認識されているがゆえに「幻想論」であるということだ。

高山宏論に挑戦したいと思う若者にとって、本書は意外に強力な武器になるにちがいない。

【この書評が収録されている書籍】
歴史の風 書物の帆  / 鹿島 茂
歴史の風 書物の帆
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2009-06-05
  • ISBN-10:4094084010
  • ISBN-13:978-4094084016
内容紹介:
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・… もっと読む
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・自伝・旅行記」「パリのアウラ」他、各ジャンルごとに構成され、専門分野であるフランス関連書籍はもとより、歴史、哲学、文化など、多岐にわたる分野を自在に横断、読書の美味を味わい尽くす。圧倒的な知の埋蔵量を感じさせながらも、ユーモアあふれる達意の文章で綴られた読書人待望の一冊。文庫版特別企画として巻末にインタビュー「おたくの穴」を収録した。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

痙攣する地獄 / 高山 宏
痙攣する地獄
  • 著者:高山 宏
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(324ページ)
  • 発売日:1995-04-00
  • ISBN-10:4878932198
  • ISBN-13:978-4878932199
内容紹介:
「目を大きくみひらき〈光〉の中に歩みいでよ」。近代啓豪主義の至上命令のもと、時代の「光学」―ガラス、ファンタスマゴリア、パーラー・アクアリウム―がいざなう錯乱する視線の領域。科学が脱魔術化される直前の疑似知の雑嚢を切り開く高山幻想文学論の精髄。

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初出メディア

週刊読書人

週刊読書人 1995年6月30日

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