書評
『ブック・カーニヴァル』(自由國民社)
書物と書物の意外な結びつきで"壮大な宇宙"
あまりに厚い本なので、思わず物差しを取り出し、測ってみた。厚さがほぼ6センチもある。ページ数にして1198。各ページにびっしりと活字が詰まっている。けたはずれの規模の本だ。いや、物理的な厚さとか量だけの問題ではない。ここに詰め込まれた知識の幅の広さ、本に関する情報の豊富さは、圧倒的なもので、とうてい一人の人間の頭脳の中に納まるようなものとは思えない。しかし、その不可能を可能にしてしまったほとんど超人的な「脱領域」の知の鬼才が、まだ四十代半ばの高山宏である(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1995年)。高山氏の「専門」はもともと英文学だが、もはや専門などはとうに踏み越え、ありとあらゆるものに手を出しているがゆえに、何もやっていないにほとんど等しい、といった奇妙に透明な境地に達している。そんな著者に専門のレッテルを貼っても、意味はないだろう。これほどの知の椀飯振る舞いが6800円とは、信じられないほど安い! ただし、ここで繰り広げられている知の饗宴を楽しむためには、かなり強靭な胃袋が必要だ。高山氏は、本当に美味しいものをちょっとだけゆっくり味わうといった流儀とはまったく無縁である。美味しいものが一つあれば、いやこっちのほうがもっと美味しい、そういえばこの間食べたあの料理も、といった具合で、あっと言う間に料理は十品、二十品を数える。その中にはひょっとしたらゲテものも紛れ込んでいるかもしれないのだが、悪食をものともせず、次々と美味しそうなものに食らいついていく果てしないパワーが、この唖然とするような膨大な本を生み出した。
それにしても、これはいったい何の本だろうか。常識的に言えば、書評や、翻訳の解説、そして雑誌などに発表した論文やエッセイを集めた「雑文集」ということになる。話題はヨーロッパを中心とした、広い意味での文学、美術、文化史、精神史といったところ。しかし、不思議なことだが、「何について」書かれたものかと考えたとき、この本はその膨大さにもかかわらず、いや膨大であればあるほど、すがすがしいくらい空っぽな印象を与える。著者はおびただしい量の書物に言及しながら、決してその一冊一冊の内容の細部には拘泥しない。むしろ、内容など二の次と言った乱暴さで、専門領域や言語や地理を嵐のように超え、様々な書物と書物を結ぶ「知の線」を描き出すことに熱中するのである。
こうして浮かび上がってくるのは、意外な結びつきによって生まれた壮大な書物の星座、いや書物の宇宙とでも呼ぶべきものだ。極論すれば、そこで肝心なのは様々な書物の結びつき方であって、書物それ自体の内容ではない。本書で初めて公開される独自のカード・システムや、講義や論文執筆のための「チャート」も、結びつけることだけが本当に大事なのだという姿勢をよく示している。高山氏がその驚異的な博識にもかかわらず、知識そのものに淫することがなく、専門的知識などいつもいさぎよく捨てられるといった姿勢を取っているのも、おそらくそのせいだろう。
そして、本書の前半に「知識形成史」、つまりある知識がどういった環境で、どういう人との出会いによってつくり出されたか、を論じた文章が多いのも偶然ではない。山口昌男の『本の神話学』をこの分野の先駆的著作としてたたえながら、高山氏はワールブルグ研究所、エラノス会議、ボーリンゲン基金といった「知のネットワーク」について熱っぽく語っていく。そういった文章が雄弁に告げているのは、新しい書物や知識の誕生は、結局、人と人との出会いに帰すという思いがけないほど月並みな真実である。
そこからまた、本書のもう一つの驚くべき仕掛けが生まれた。高山氏は101名にものぼる友人や同僚たちから、「高山宏について」論じた寄稿をもらい、それをすべてこの本の中に混ぜてしまったのだ。寄稿者の顔ぶれは山口昌男、種村季弘、荒俣宏、田中優子といった著名な文筆家から、高山氏と組んで仕事をしてきた優秀な編集者にいたるまで、多士済々。このようにして高山氏は、他人の知のネットワークについて論ずるだけでは飽き足らず、自分自身のプライベートな知のネットワークを自分の本の中に組み込んだのである。そもそも、この本は学問や知識について傍観者的に論じたものではない。いたるところに著者自身の罵りや怒りの言葉がちりばめられ、注意深い読者には、破滅型作家顔負けの著者の姿を本書のあちこちから組み立てることもできるようになっているのだ。そして、世間から「道ならぬ恋」として指弾されるに違いない著者の純愛の成り行きさえも。そのすべてが「タカヤマ」の世界として、この本の中には含まれている。どうやら高山氏の究極の選択は、書物の世界にのめり込んで自分を消すといいうよりは、むしろ自分自身を一冊の書物に変えてしまうということだったようである。
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