書評
『最高裁物語』(講談社)
法と論理の裏の人間ドラマ
最高裁判所。このことばには何とも言えぬ重々しい響きがある。法服を着た裁判官がずらりと並び、透徹した法的思考と緻密な論理構成だけが頼りの余人をよせつけない世界が、そこにはあるのではないか。だが実はそうではない。ベテランの司法記者だった著者は、法と論理の裏にある裁判官のプロとしての生き様や、きわめて人間臭い行動のありさまをヴィヴィッドに描き出していく。初代最高裁人事をめぐる、裁判官の戦争責任論を焦点とした細野派と反細野派の抗争に始まり、変革の時代への対応のため任期の長い本格派を登用した最近の長官人事まで、やがて半世紀に及ぶ最高裁の実態を過不足なく物語る。歴代長官について著者は次のように評する。任期が長かったにもかかわらず派閥を作らず裁判官に自由に議論させた田中耕太郎。リベラル派裁判官の登用をはかり人権重視を確立しようとした横田喜三郎。保守派への逆転と裁判の秩序維持をはかりながらも、公害裁判では被害者救済に立った石田和外。実務を淡々とこなし迅速な裁判を実現した村上朝一。限定解釈を駆使した寺田治郎。裁判所の統廃合を実現し、「陪審制」「参審制」という次世代の司法制度改革に着手した矢口洪一。
また各裁判官の個性と世界観とがまぎれもなく直接に戦わされた判決例として、田中コートの「松川事件」、横田コートの「東京中郵事件」、石田コートの「全農林警職法事件」、服部コートの「大阪空港訴訟事件」、寺田コートの「衆院定数訴訟」があげられる。時代性を反映したこれらの判決は、いずれも裁判官の人間ドラマとして見ることが可能だ。
「政治」からの中立を原則としながら、最も「政治」的な存在と化し、果ては社会的矛盾の産物ともなる最高裁への興味はつきない。
おそらく著者は、膨大な自身のメモ類とヒアリング記録とを基にこの物語を書きあげたのだろう。できれば参考文献の明示が欲しかったところだ。
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