書評

『菊地成孔の欧米休憩タイム』(発行:blueprint/発売:垣内出版)

  • 2018/02/18
菊地成孔の欧米休憩タイム / 菊地成孔
菊地成孔の欧米休憩タイム
  • 著者:菊地成孔
  • 編集:blueprint
  • 出版社:発行:blueprint/発売:垣内出版
  • 装丁:単行本(527ページ)
  • 発売日:2017-08-10
  • ISBN-10:477340504X
  • ISBN-13:978-4773405040
内容紹介:
近年のアジア諸国の映画批評に加え、長らく書籍化されなかった伝説の連載コラムを初収録!

粘着質な議論と明快な解読から飛び出す、思ってもみなかった視点

映画評論を読むことに意味があるとしたら、ひとつには知らなかったことを教えてくれるから、そして知っていた映画に新たな知見を与えてくれるからである。その意味で、菊地成孔の映画批評ほど興味深く読めるものはない。鋭敏で、博識で、そして視点がまったく違う。ぼくとはまったく違う観点から映画を見ているので、そのまま納得できない場合も多いが、いっぽうで思ってもみなかった視点に目が開かされることもある。

『菊地成孔の欧米休憩タイム』は「リアルサウンド映画部」の連載が中心になっている。「アルファヴェットを使わない国々の映画批評」という副題で(なぜ"アルファヴェッド"なのかは、本文中に粘着質で無理筋の屈理屈が書かれているので、ゼひお目通しいただきたい)、欧米以外、つまり中国やイランや口シアの映画を取りあげる予定だったらしいが、実際には韓国映画と日本映画の評が中心になっている。

まず読むべきはまえがきだろう。ここでは東浩紀率いる「ゲンロン」の批評塾にゲスト出演したときの経験から書き起こす。そこでは、提出された批評のほとんどが『シン・ゴジラ』と『君の名は。』(共に16年)と3.11を三題噺として語ろうとするものだった。菊地はそもそも三題噺とは無関係なもの同士をつなぎ合わせるから意味があるのであり、これではパンにパンを挟んだ食パンサンドのようなものだと指摘する(この指摘はまったくもって正しい)。そして、この3つの関係を考察するに、2016年は『ゴジラ』のオリジナルが公開された1954年なのではないか? という結論に達する(ちなみにその年の邦画興収第1位は『君の名は』である)。この2本をフェティッシュによって駆動される「言わばAB面」なのだという。そして菊地成孔は「フェティシズムの大伽藍に官能/感応」できないがゆえに、「私は幸福な観客ではない」と言う。

このふたつ、粘着質な議論と明快な読解が菊地成孔の映画評論だと言ってもいい。いくつか文句を言いたくなる主張もある。「タランティーノがうまかったのは、本当はタランティーノはシネマテーク・フランセーズとかもイケてる人間で、何せ自分のプロダクションの名前(今は解散)がゴダールの「はなればなれに」という映画のタイトルだし、やる事の端々に、ちょちょっと暗号みたいにヌーヴェルバーグやルビッチを入れて来る一方、敢えて千葉真一だとかを前に出していって、難しい映画じゃなくていいんだよという。アジアのB級アクション映画をいっぱい知っていて、それだけでこんなに面白い映画ができるんだという演舞を行った」(『ハッピーアワー』)

いや、タランティーノは何ひとつ「敢えて」などしていないのであって、彼はおそらく多形倒錯的に幸福な観客なのである。その結果「秘宝」的な巨大マーケットが生まれたというのだが、そう見えてしまうのは――ありがたいことではあるが――やはり決定的に新宿口ーヤル体験が足りないのではないかと思わずにはいられない。タランティーノがそうであるように、眠たい目をこすりながら観た3本立て低予算アクション映画の中に映画の本質がむきだす瞬間を覚えたことが足りないのではなかろうか。

とはいえ、個々の映画に対する指摘は「ワタシはこの連載で、"日本のギャング/ノワール映画に於ける〈銃と札束〉の扱いが、米韓に比べると、パーティグッズのようなオモチャ感がある"ことを指摘してきました」(『インサイダーズ/内通者たち』と、いちいちもっともすぎるほど正しい。そして漫画原作の何本かの映画について、あきらかに漫画の描写を手本にするかたちで作られている(たとえそれが映画の論理に抵触しようとも)がゆえに、「この際、もう完全にぶっちゃけてしまい"日本の、漫画原作のェンターティンメント映画は、原作と合わせてひとつなのだ。いや、それどころじゃない。そういった映画たちは、基本的に原作漫画の読者へのサーヴィスやイヴェントなのである“(『アイアムアヒー口ー』)からプロモーションアイテム扱いでいいのではないか」とさえ書く。ちなみにこのふたつの病理が合わさったのが『セーラー服と機関銃 一卒業一』(16年)で、これはもう、実に……。

だが、やはり、何よりも出色だと思われるのは本職の音楽にまつわる議論だ。とりわけ長文のヒッチコックの映画音楽にまつわる論考は、映画専業からは決して出てこないだろう視点により、優れたヒッチコック論ともなっている。自分と意見の一致しない人の議論ほど面白いものはない、と実感させてくれる一編である。
菊地成孔の欧米休憩タイム / 菊地成孔
菊地成孔の欧米休憩タイム
  • 著者:菊地成孔
  • 編集:blueprint
  • 出版社:発行:blueprint/発売:垣内出版
  • 装丁:単行本(527ページ)
  • 発売日:2017-08-10
  • ISBN-10:477340504X
  • ISBN-13:978-4773405040
内容紹介:
近年のアジア諸国の映画批評に加え、長らく書籍化されなかった伝説の連載コラムを初収録!

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初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2018年1月

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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