解説

『独楽園』(ウェッジ)

  • 2017/07/03
独楽園  / 薄田 泣菫
独楽園
  • 著者:薄田 泣菫
  • 出版社:ウェッジ
  • 装丁:文庫(233ページ)
  • 発売日:2009-12-21
  • ISBN:4863100620
内容紹介:
詩集『白羊宮』などで象徴派詩人として明治詩壇に一時代を劃した薄田泣菫は、大阪毎日新聞に勤めてコラム「茶話」を連載し、好評を博する。人事に材を得た人間観察から、やがて自然や小動物を対象にした静謐な心境随筆へと歩をすすめ、独自の境地を切り拓いた。本書は泣菫随筆の絶顛であり、心しずかに繙くとき、生あるものへの慈しみと読書の愉悦とに心ゆくまで浸るにちがいない。

孤寂の境地に遊ぶ

いまでは『完本茶話』(谷沢永一・浦西和彦編。全三巻。一九八三〜八四年。冨山房百科文庫)『茶話』(抄録本。一九九八年。岩波文庫)『艸木虫魚』(一九九八年。岩波文庫)、それにアンソロジーとして『泣菫随筆』(谷沢永一・山野博史編。一九九三。冨山房百科文庫)も比較的容易に入手できるから、薄田泣菫の随筆の魅力をご存じの読者は少なくないと思ふ。

だが、私がたまたま古書店店頭で手に入れた『茶話 下巻』(一九二四年。大阪毎日新聞社)で薄田泣菫の随筆の魅力にとりつかれ、夢中になつて探し始めた一九七〇年代後半は、泣菫の随筆集の入手はきはめて困難であり、まれに見つけてもすぐには手の届かない高値がついてゐることがほとんどだつた。その後、一九七八年頃『新版茶話全集』(上下巻。一九四二。創元社)を手に入れてからしばらくはぱったり書店で見かけなくなつた。四冊目の泣菫随筆が手に入つたのは一九八〇年六月のことで、それが本書『独楽園』(一九三四年。創元社)の初版だつた。四千五百円だつたから、当時としては決して安い買ひものではなかつたが、これが幸運を呼んだものか、以下、見やすいやうに刊行順に記せば、さう間を置かずに

『落葉』(一九〇八年。獅子吼書房)

『名家書翰集』(薄田淳介名義。弟鶴二と共編。一九〇八年。獅子吼書房)

『泣菫小品』(一九〇九年。隆文館)

『泣菫文集』(一九二六年。大阪毎日)

『太陽は草の香がする』(一九二六。アルス)

『猫の微笑』(一九二七年。創元社)

『艸木虫魚』(一九二九年。創元社)

『大地讃頌』(一九二九年。創元社)

『樹下石上』(一九三一年。創元社)
(刊行順ではここに『独楽園』が入る)

『人と鳥虫』(一九四三年。櫻井書店)

が私のつましい書棚に並ぶこととなつた。

『象牙の塔』(一九一四年。春陽堂)『忘れぬ人々』(一九二四年。金尾文淵堂)の二冊はどうしても手に入らず、切歯扼腕してゐるうちに、一九八四年になつて創元社から、それらをも収録した一九三九年刊行の『薄田泣菫全集』(全八巻)の覆刻版が出た。これは揃ひで七万三千円で、たうてい買へる金額ではなかつた——結局は十数年悩みに悩んだ果てに思ひ切つて買つたのだが、全集としては不満の残る出来で、いつかまともな全集が編まれることを切に望むほかない。

近年の泣菫の散文の復権については谷沢永一らによる冨山房百科文庫『完本茶話』と『泣菫随筆』が大いに貢献してゐるとは思ふけれど、私のやうにそれ以前から泣菫の随筆を愛読してゐた者からすると、丸谷才一『遊び時間』(一九七六年)に収録された「薄田泣菫の散文」(初出は一九六九年。中央公論社『日本の詩歌』第二巻月報)を逸することはできない。もしかすると、丸谷の泣菫称讃の言葉をどこかで覚えてゐたからこそ、古本屋の店頭で『茶話』を手に取つたかもしれないからである。

いづれにしても、一連の随筆集の渉猟繙読を通じて、それまで私の目には蒲原有明と並び称される詩人としてのみ映じてゐた薄田泣菫がまつたく異なる相貌をもつて姿をあらはしたのだ。

薄田泣菫。本名淳介。一八七七年五月十九日、現在の倉敷市連島(つらじま)に生まれ、一九四五年、敗戦から間もない十月九日、生家で病没。享年六十八。

幼時から神童ぶりを謳はれたが、偏狭な体操教師と対立して旧制中学を中退。数ヶ月の京都生活を経て、一九九四年に上京。漢学の私塾に学ぶかたはら、上野の帝国図書館に通ひつめ、独学で和漢洋の博大な教養を身につける。野田宇太郎の力作『公孫樹下にたちて 薄田泣菫評傳』(一九八一。永田書房)には、そんな泣菫の刻苦勉励ぶりを評した「げに図書館は彼が唯一の学校にてありき」といふ、泣菫の先輩文士平尾不孤の言葉が紹介されてゐる。三年後帰郷して、在京時代から始めてゐた詩作に打ち込み、一八九九年、詩集『暮笛集』を刊行。好評を得る。

詩集には他に、『ゆく春』(一九〇一年)『二十五弦』(一九〇五年)『白玉姫』(一九〇五年)『白羊宮』(一九〇六年)、それらをまとめるとともに「十字街頭」「子守歌」を入れた『泣菫詩集』(一九二五年)などがある。「望郷の歌」(「かなたへ、君といざかへらまし」のルフラン)「ああ大和にしあらましかば」(今日神無月、日のゆふべ/聖(ひじり)ごころの暫しをも、/知らましを、身に」)「香のささやき」(「この夕ぐれの静けさに、/魂(たま)はしのびに息づきて」)「公孫樹下にたちて」(銀杏よ、汝常磐樹の/神のめぐみの緑葉を」)をはじめ、蒲原有明や伊良子清白とは明らかに一線を画す響きで記憶に残る詩人であつた。

一九〇〇年、大阪毎日新聞社に入社。その後、しばし離れた時期はあるものの、一九一二年以降、後述する病気が昂じて休職・退社(一九二八年)するまで大阪毎日新聞学藝部責任者として、芥川龍之介をはじめとする文学者と浅からぬ親交を結んだ。この新聞社時代に泣菫は自らの著作として詩や小説ではなく、随筆文学にまつたく新しい境地を開く。それが「茶話(ちやばなし)」だつた。これは読者から圧倒的な支持を受け、一九一六年には早くも『茶話』として単行本化され、『後の茶話』(一九一八年)『新茶話』(一九一九年)『茶話全集』(上下巻。一九二四年)と続いた。『茶話』の刊本には何種類もあるが、そのこと自体、いかに「茶話」が読者から歓迎されたかを如実に示してゐる。後半生にあつてはかやうに随筆家として一世を風靡した泣菫ではあるが、本書との関連から云つても、パーキンソン病罹患には触れざるを得ないだらう。

(次ページに続く)
独楽園  / 薄田 泣菫
独楽園
  • 著者:薄田 泣菫
  • 出版社:ウェッジ
  • 装丁:文庫(233ページ)
  • 発売日:2009-12-21
  • ISBN:4863100620
内容紹介:
詩集『白羊宮』などで象徴派詩人として明治詩壇に一時代を劃した薄田泣菫は、大阪毎日新聞に勤めてコラム「茶話」を連載し、好評を博する。人事に材を得た人間観察から、やがて自然や小動物を対象にした静謐な心境随筆へと歩をすすめ、独自の境地を切り拓いた。本書は泣菫随筆の絶顛であり、心しずかに繙くとき、生あるものへの慈しみと読書の愉悦とに心ゆくまで浸るにちがいない。

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