アイデアが明快、応用もきく
半世紀にわたり本書が読まれ続けている理由はなにか。第一に、学問の裏付けがしっかりしていること。著者はイギリスに留学して社会人類学を学び、それを踏まえて日本社会を考察した。カギは社会構造。狭くは親族構造(血縁集団のつくり方)を指すが、それを企業組織の解明に応用している。
第二に、比較方法論を用いていること。社会構造は変化しにくい。西欧やインド、中国と比べて、日本社会の特徴を取り出す。その分析は刊行から五〇年後も少しも古びていない。
第三に、体系的であること。シンプルな前提(「場」を共有する)から始め、企業組織のリーダー像やマネジメントのあり方まで、首尾一貫した議論を演繹(えんえき)する。モデルにもとづいて現象を説明する、科学的分析のお手本のようなやり方だ。
第四に、イデオロギーと無縁なこと。戦後の社会科学は、マルクス主義の影響が強かった。本書は逆に、左翼や労働運動にもタテ社会の法則があてはまりますよ、とやりこめている。
第五に、高度成長の時代にぴったりだったこと。企業は拡大し続け、マネジメントが大事になった。欧米の輸入でなしに日本で生まれた分析ツールなのがよい、とみんな思った。
本書は英訳されてペンギンブックスに入り、日本理解の定番となった。村上泰亮他『文明としてのイエ社会』や山本七平・小室直樹『日本教の社会学』も続いたが、本書をしのぐベストセラーはまだ現れていない。
だが、本書には限界もある。まず、社会構造を永遠不変と考えている点。社会人類学の定石だが、戦後にようやく一般化した終身雇用を、大昔からとみなすのは困る。議論の運びに印象論が多く裏付けに乏しい。タテ社会の概念があいまいで、カースト制の逆なのか西欧のルール社会の逆なのかも不明だ。
とは言え本書の魅力は、アイデアが明快で、切れ味が鋭く、応用がきくこと。刺激に満ち、愛され続けるのも当然だ。