アメリカで黒人の子供たちがたたき込まれる警官への接し方
アメリカでは武器を持っていないくても黒人が警官に殺される事件が後を絶たない。だから大人たちは黒人の子供たちに「警官との接し方」を教えこまなければならない
ハリウッドの白人優先主義「ホワイトウォッシング」について先日コラムを書いたが、人種差別に遭遇する機会がほとんどない日本人にこの問題を理解してもらうことの難しさを再認識した。人種のるつぼであるアメリカでさえ、「ホワイトウォッシング」を擁護する者もいる。たいていは差別される側に立ったことがない白人だ。だが、「ホワイトウォッシング」より深刻で、さらに誤解を受けやすいのが 「Black Lives Matter(黒人の命も重要だ)」のムーブメントであり、プロテストである。
白人の間からは、「命が重要なのは、黒人だけじゃないだろう。白人の命だって重要だ」と「White Lives Matter」などと言い出す者さえいる。
白人の命は、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」したときから、先住民よりも優先されてきたし「重要」だった。アメリカの黒人たちは、「同等の権利が欲しい」と求めているだけなのだ。それなのに「逆差別だ!」と怒る白人を、日本人は批判できるだろうか?
「ホワイトウォッシング」を問題視する人への日本人の反論を読むと、「自分が信じてきたことを否定される」ことに不快感を覚えているようだ。その不快感で本質を見ようとしない人が存在するのは日米共通だと思う。
そんな人たちに読んでもらいたいのが小説『The Hate U Give 』だ。ティーン向けのYA(ヤングアダルト)小説だが、その枠を超えて、多くの年齢層で高い評価を得ている。
主人公は、16歳の黒人の少女スターだ。低所得層が多い黒人街に住んでいるが、裕福な白人が多い私立高校に通っている。バスケットボール選手のスターには、クラブで仲が良い女友だちもいるし、白人のボーイフレンドもいる。けれども、子ども時代の友だちや近所の人と接しているときの自分と学校での自分は、態度も言葉遣いも異なる。高校では、本当の自分を押さえ込んで別の自分を演じなければならないという心理的なプレッシャーが常にあった。
スターには、母親が異なる兄がいる。若かりし頃の両親が喧嘩をしたときに、父親がヤケで浮気をした結果だった。その兄には父が異なる妹がいて、その父親は、この黒人街を支配するストリート・ギャングのリーダー「キング」である。この因縁が、二つの家族に常に緊張を与えている。
スターの母親はベテラン看護師で、父親は街で唯一のコンビニを経営している。ボーイフレンドのクリスが住む街に住むこともできる収入があるのに、コミュニティのために尽くすことを誓う父は引っ越しを拒否し続けている。
気が進まないまま連れて行かれた地元のパーティで、射撃事件が起こり、スターは幼なじみの少年カリルの車で家まで送ってもらうことにする。カリルとは幼い頃には仲が良かったが、別の高校に通うようになってからは疎遠になっていた。車の中で、カリルは自分が愛する伝説的ラッパーの「2パック」についてスターに語る。
だが、2人の乗る車を警官が止める。後部ライトが消えているという理由だ。そして、武器も持たず、何の抵抗もしていないカリルは、スターの目の前で銃殺されてしまう。
スターが思い出したのは、両親から教え込まれたことだ。
"When I was 12, my parents had two talks with me. One was the usual birds and the bees. The other talk was about what to do if a cop stopped me."
"Mama fussed and told Daddy I was too young for that. He argued that I wasn't too young to get arrested or shot. Starr-Starr, you do whatever they tell you to do, he said. Keep your hands visible. Don't make any sudden moves. Only speak when they speak to you."
(私が12歳になったとき、両親は私に2つの「重要な話」をした。ひとつは、よくある鳥とミツバチについて(注:性の話)。もうひとつは、警官に止められたときにどうするのか、という話だ)
(お母さんは嫌がって、まだその話をするには子どもすぎるとお父さんに反対した。けれども、お父さんは、子どもすぎるから逮捕されたり銃で撃たれないというものではないと反論した。スターよスター。警官が何を言っても、そのとおりにしなければならないよ。そうお父さんは言った。両手は、常に警官から見えるところに置いておかなければならない。いきなり動いてはいけない。あちらが質問したときに答える以外には話しかけてはいけない。)
けれどもカリルはそれを守らなかった。「僕がいったい何をしたんだ?」と反論してしまった。そして、怯えているスターを心配して「大丈夫かい?」と尋ねた。警官がカリルを撃ったのはそのときだった。
ショックを受け、怯えたスターは、最初のうちは自分や家族の平和を守るためにも沈黙を守る。けれども、社会から何の価値もないように扱われるカリルの命と人生に憤りを覚え、声を上げることにする。
この小説のタイトルである『The Hate U Give』は、1996年にヒップホップ抗争と思われる銃撃で亡くなった2パック(Tupac)の作ったフレーズ「Thug Life」から来ている。
Thugとは、インドの秘密犯罪結社を由来としたもので、その後「強盗、悪者、ギャング」を意味するようになった。現代の音楽では「Thug Life」というフレーズでヒップホップ的な生き様を表現する。これについて、2パックはかつて、「The Hate U Give Little Infants, Fuck Everybody(おまえたちが幼い子どもたちに与える憎しみ。おまえたちみんな、くそったれだ」の頭文字を取った略語だと説明した。
この小説を読むと、アメリカの黒人たちが生まれたときから毎日のように与えられる「憎しみ」が肌感覚として理解できる。
以前のコラムにも書いたが、アメリカでは、カリルのように武器を持っていないにもかかわらず警官に殺される黒人が後を絶たない。だから、大人たちは、スターの両親のように子どもに「警官との接し方」を教えなければならないのだ。
この小説が描いているのは、白人による黒人差別だけではない。黒人街で、黒人が黒人を犠牲にするストリート・ギャング問題も描いている。
とても暗いテーマだが、しかし白人やアメリカ社会への怒りだけを描いた本ではない。何があってもスターの味方をする白人ボーイフレンドのクリスのキャラクターも含め、このYAは最後には希望を感じさせてくれる。