書評
『この人、カフカ?:ひとりの作家の99の素顔』(白水社)
通説によって難解とされた作家を多面的に検証し反転させる試み
主としてカフカの引用にコメントをつけた小さなエッセーが99、きれいに数珠(じゅず)つなぎになっている。数珠には細くて強い糸が通してあるものだが、ここでもそうだ。タイトルにそえて?がついている。この人がカフカなの? とすると通説のカフカ、世に流布しているカフカは何ものだろう?『変身』の作者フランツ・カフカは死後二十年あまり、ほとんど無名だった。生涯の友人ブロートの尽力でようやく戦後、カフカ・ブームに火がついた。おりしもサルトルの実存主義が一世を風靡(ふうび)していたころで、深刻で難解な作家のイメージができてしまった。朝、目を覚ましたら虫になっていたコッケイな男の物語が「実存」に色づけされると、どれほど途方もない謎の命題になったことか。
高校卒業試験でカンニングをするカフカ、毎晩新式の体操をしているカフカ、嘘(うそ)をつこうとするとヘマをするカフカ、女の子にすぐ惚(ほ)れてしまうカフカ……一人の誠実で、やさしく、不器用な青年が浮かび上がる。
カフカの書き物机、はじめての葉書(はがき)、(『変身』の主人公)ザムザ一家の住む家、意識下に思っていると書き間違えをするカフカ。カフカがプラハ以外の町で唯一引き受けた朗読会については卒倒者続出といった伝説があるが、「実際のところはどうだったか」。
著者ライナー・シュタッハは浩瀚(こうかん)なカフカの伝記の作者として知られている。書くにあたり、かぎりなく博捜して、手に入るかぎりの資料を集めた。カフカの小さな朗読会にしても、場所となった画廊と、そのときのポスターが収めてあるが、それはまだほんの序の口である。「ちびすけエラへ」と書き出したカフカのはじめての葉書、日めくりカレンダーに書きつけた(唯一と思われる)詩、飛行機ショー見物の群衆の中に見つけたカフカ(とおぼしき)後姿、肺を病んだカフカが部屋のバルコニーから痰(たん)を吐いた二階家。いったい、どうやって見つけてきたのか、あきれるほどであって、ドイツ的徹底さの好見本というものだ。
単に珍しい成果を披露したのではないだろう。細部を通して深刻、難解なカフカの書き換えを図ったかのようだ。通説というものが定着して、いつしか権威づくとき、通説の名のもとに怠惰をきめこむ精神にいたずらをしかけたぐあいだ。難解好きのカフカ学者を混乱させ、たのしい道化役を買って出た。
「カフカ、サインを偽造する」のところに、無名者カフカが著名人トーマス・マンのサインをまねた経過が述べてある。カフカが線で消したのをデジタル処理で復元した。
トーマス・マンは世界的ブームに先立ってカフカを知り、「孤独かつ奇妙に、はなはだしく抜け目がなく、子どものようにふざけた、驚くべき夢を見る魂」とブロートに手紙を送った。「カフカが私を捉えて放さない」(一九四九年の日記)。もしかすると予感があったのか。この異質の書き手が「現代」ならば、自分はすでに終わった過去の作家に甘んじなくてはならない――。
聡明な作家の予感は正しかった。かつて半神のように崇(あが)められたノーベル賞作家を押しのけ、陰に追いやるほどに「この人」が大きくなった。99にそんな1つをつけたして100にしたくなる。
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