書評

『劇場』(新潮社)

  • 2018/05/27
劇場 / 又吉 直樹
劇場
  • 著者:又吉 直樹
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2017-05-11
  • ISBN:4103509511
内容紹介:
一番会いたい人に会いに行く。こんな当たり前のことが、なんでできへんかったんやろな。大切な誰かを想う切なくも胸に迫る恋愛小説。

物語という取り返す力

目をつむると「薄い皮膚」であるまぶたに隔てられて風景が視覚に届かないことを確かめる。自分の意志が肉体に遅れていることを過剰に意識している。自分が正気であることを確認するために「鳥が触れません」などと素っ頓狂なことをわざと囁いてみる。この小説は、主人公である「僕(永田)」がそんな具合に、自分が現実に属していないような意識で新宿から渋谷へさまよい歩いている描写から始まる。

永田は「おろか」という劇団を主宰している無名の劇作家だ。高校卒業後上京し、中学からの友人である野原と旗揚げして三年が経ったが、公演は毎度、酷評に見舞われていた。インターネットで検索した劇団の評判が、罵倒を通り越して愚弄と蹂躙にまみれていることを知った永田は、あまりの救いのなさに酷評した連中を殺害してやろうかという妄想を抱いたりする。

観客から批判されるだけならまだしも、劇団の役者たちからも全否定するような言葉を投げ付けられる。前衛のつもりらしいが、現代演劇では避けるべき手法ばかり得意げに使うせいで他の劇団からも馬鹿にされている、「変なことして、動員が減ることを『おろかってる』って言うらしいですよ」と。

冒頭のシーンは、失意にある永田が自失している様子とも読めるが、この解離した意識は一時的なものというより、永田の性根に由来している。永田は自分を認めようとしない世界を呪っているのだ――「世界のすべてに否定されるなら、すべてを憎むことができる」。

矮小な自我を守るために世界を拒絶する。あるかないか定かでない自分の才能だけを拠りどころとせざるをえない、自意識過剰で理屈だけは達者な、傲慢で偏狭な社会性を欠いた作り手志望の若者。永田は要するに、そこらに――舞台である演劇のメッカ下北沢あたりには特に――掃いて捨てるほどいる若者の一人である。

渋谷を彷徨していたときに永田は沙希と出会った。不審者以外の何物でもない仕方で接触をしてきた永田を、沙希は拒絶せず、面倒見よく相手をする。服飾系大学に通う沙希もまた女優を目指して青森から上京してきたのだった。

ほどなく二人は付き合いはじめ、永田は自分が脚本・演出を手掛ける『その日』と題した芝居の主役を沙希に依頼し、小さな成功を収める。永田の脚本に本気で感動した沙希は、彼の才能を疑わない。永田は沙希の部屋に転がり込み、演劇に没頭するという大義名分で生活をまったく沙希に依存するようになる。要するにヒモなのだが、沙希は永田の才能を称賛し信頼することをやめず、聖母のような包容力ですべてを受け入れてしまうのである。

芸術家崩れのダメ男と、無限に甘やかす愚かしいまでに優しい女が築き上げる天国のような地獄。永田は、自分がスポイルされていること、自分が沙希の暮らしや夢を損ねていることを自覚しながらも、ぬるま湯のような関係性から抜け出すことができない。沙希は疲弊し、永田も傷ついていく。

その関係性に亀裂を入れるのは、永田の嫉妬心だ。と言っても沙希の浮気とかでないのかまた始末に悪いところなのだが。

野原に誘われて観た「まだ死んでないよ」という劇団の公演に永田は打ちのめされ、自分と同じ年で天才と称えられている作・演出を手掛ける小峰に「不純物が一切混ざっていない純粋な嫉妬というものを感じ」る。この小峰の才能に対する嫉妬心が捻れたかたちで沙希に向かってしまうのである。

粗筋だけを見れば、永田の造形同様、都会にいくらでも転がっていそうな同棲物語の域を出ないだろう。当然、作者もそんなことは十分承知している。その上で、二つとない物語、すなわち小説であることが目指されているのだ。

疲れ果てた沙希が東京を離れたあと、永田は、ギリシャ悲劇を新たに解釈した「まだ死んでないよ」の新作に足を運ぶ。その大作は、東京に住む無数の人々の記憶を拾い上げたもので、小峰が人伝に知った永田と沙希のエピソードも含んでいた。

圧倒的な舞台に嫉妬心すら喪失した永田は、「流れ続ける時代のなかで誰にも取り上げられずに忘れ去られてゆく記憶の一つ一つを、彼等は安易なロマンチシズムに溺れることなく、残虐性に酔うこともなく、現代の適正な温度で掬って見せた」と評価する一方で、「この主題を僕は僕なりの温度で雑音を混ぜて取り返さなければならない」とも思う。この『劇場』という小説はつまり「取り返したもの」として企図されているのである。

物語の中盤に、永田が街で印象的な光景に出くわす場面がある。「それぞれの人間が日常を抱えたまま、おなじ展開を願ったことで、それを数秒後に実現させることができた」その光景に激しく揺さぶられた永田は「網膜に薄くかかった靄が晴れるような快感」を覚え「こんな風景を作りたい」と思う。

冒頭の描写はここで回収される。いわば「薄い皮膚」であるまぶた越しにしか外界を見ていなかった永田が、裸眼で世界にそして演劇に対峙するための決意を得た場面だ。この決意はやがて「物語の力というのは、現実に対抗し得る力であり、そのまま世界を想像する力でもある」「演劇で実現できたことは現実でも再現できる」という確信に変わっていく。

沙希が「わたしの宝もの」と呼ぶ『その日』の脚本を、永田と沙希が読み合うクライマックスは、この「演劇で実現できたことは現実でも再現できる」という確信を証明するための実践なのだ。

「だから演劇がある限り絶望することなんてないねん」と永田は言い、二人の未来図を語るが、その夢想が現実となることはあるまい。しかし、永田の台詞は物語となって現実に働きかけ、二人の過去を取り返し、未来を書き換えていくだろう。
劇場 / 又吉 直樹
劇場
  • 著者:又吉 直樹
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2017-05-11
  • ISBN:4103509511
内容紹介:
一番会いたい人に会いに行く。こんな当たり前のことが、なんでできへんかったんやろな。大切な誰かを想う切なくも胸に迫る恋愛小説。

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すばる 2017年6月号

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