書評
『第2図書係補佐』(幻冬舎)
お笑いと文学、意外な近さ
芥川賞を受賞した又吉直樹『火花』は、純文学作品として前代未聞のベストセラー。お笑い芸人と権威ある文学賞の間にはギャップがある。そこに人は関心を示しているのだろう。本作は、又吉のエッセー集。エッセーの題名には太宰治から村上春樹まで、名作文学の題名が並ぶ。だが大半は、これらとは関係のない話が語られる。
テレビでマラドーナを見た又吉少年は、その日以来、サッカー部の練習で左でしかボールを蹴らなくなる。周りは大変困る。又吉は元来右利き。蹴ったボールはコースをずれ、パスがつながらなくなる。周りからは「右で蹴れや!」と怒号が飛ぶ。だが、怒号はむしろ、ギャップのあった又吉とチームの間の交流のきっかけになっていく。
又吉に小説の執筆の依頼をした編集者は、彼のエッセーからその文才を見出(みいだ)したという。なるほど、確かにエッセーのうまさは際立っている。
カフカ『変身』の項では、珍しく小説の中身についてたっぷり触れられる。虫に変身してしまうという異常な状況に晒(さら)されながら、主人公は自分がセールスマンという職業を選んでしまったことを悔いている。又吉は、そのずれに笑う。一方、本作が戦時下「運命に身を委ねるしかない」一般市民の不条理が描かれていると知り真剣に再読する。でもやっぱり「笑ってしまう」のだ。
小説『火花』には、世間一般との「ずれ」を追求する天才肌のお笑い芸人が登場する。彼は、それを追求し過ぎて苦難の道を歩むことになる。お笑いとは「ずれ」である。そして、文学との間に「ずれ」は意外とないのかもしれない。実際、カフカも自作を爆笑しながら友人に読み聞かせた逸話があるようだ。
お笑い芸人と文学。ギャップがあるようでない。それがこの一冊から強く感じられる。
朝日新聞 2015年9月6日
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