書評

『なぜ古典を読むのか』(みすず書房)

  • 2017/08/03
なぜ古典を読むのか / イタロ・カルヴィーノ
なぜ古典を読むのか
  • 著者:イタロ・カルヴィーノ
  • 翻訳:須賀 敦子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(329ページ)
  • 発売日:1997-11-00
  • ISBN-10:4622046202
  • ISBN-13:978-4622046202
内容紹介:
卓越した文学案内人カルヴィーノによる最高の世界文学ガイド。ホメロス、スタンダール、ディケンズ、トルストイ、ヘミングウェイ、ボルヘス等の古典的名作を斬新な切り口で紹介。

いま、読み返しているところです

いい作家はたいてい本を読むのがうまい。なぜなら、作家は本を作るのが本職で、だから、目の前の本のどこが本物の入り口か、どこが手抜き工事で、どこが天才の仕事なのか、経験上わかるからである。では、本を読むのが下手な作家、つまり頓珍漢な読み方をする作家とはどういう存在だろう。考えられるのは、

①いい作家ではないから。
――他人の作品の善し悪しがわからないのだから、当然のことながら自分の作品を善くする方法を知らない。

②とてつもない天才だから。
――あまりに独得の発想をしているので、「他の作品の善し悪し」などという地上的な物差しを持っていない。

③自分は大家だと思っているから。
大家であるという思い込みが強いほど「他の作品の善し悪し」を論理的に判断するなんてのは、青臭い文学青年がやることだと思いがちで、その結果として、他の本を批評する場合、単なる「好き嫌い」で判断する結果となる。いちばん悪質。

……の以上三つである。そういうわけだから、読者のみなさんも作家の書評には気をつけるように。

もちろん、イタロ・カルヴィーノは、「本を読む能力も卓越した、素晴らしい作家」の代表である。そのカルヴィーノが古典の読み方を、『なぜ古典を読むのか』(須賀敦子訳、みすず書房)でわたしたちに教えてくれる。

この本のタイトルにもなっている「なぜ古典を読むのか」というエッセイの中で、カルヴィーノは古典に関する十五の定義を作った。最初は、

1 古典とは、ふつう、人がそれについて、『いま、読み返しているのですが』とはいっても、『いま、読んでいるところです』とはあまりいわない本である

「うまい!」と叫んで、座布団三枚あげたくなっちゃうような定義だね。

そして、カルヴィーノは、
「古典は、読んだとき、それについて自分がそれまでに抱いていたイメージとあまりにかけ離れているので、びっくりする、そんな書物である」と続け、その後に九番目の定義を置く。

9 古典とは、人から聞いたりそれについて読んだりして、知りつくしているつもりになっていても、いざ自分で読んでみると、あたらしい、予期しなかった、それまでだれにも読まれたことのない作品に思える本である

そう、まさしくその通り。そして、この定義はただ古典だけにでなく、わたしたちを鼓舞してくれるあらゆる傑作にあてはまる。いや、本だけではなく、人間が創造するあらゆるジャンルの作品の傑作にあてはまるのである。

それにしても、カルヴィーノが紹介するとプリニウスの『博物誌』も、シラノ・ド・ベルジュラックの超SF本も『ロビンソン・クルーソー』もいますぐ本屋に行って買って来たくなるが、「マダム・ド・ラファイエットからコンスタンにいたるまでの小説は、驚くべき鋭敏さで人間の心をえぐってはみせるが、書かれた文字そのものはよろい戸とおなじで、向こう側のなにも見せてはくれない、小説が目に見えるものになるのはスタンダールとバルザックからで、フロベールにおいて、ことばと映像のあいだに完壁な関係が成立する。……。その半世紀あと、映画の到来と同じ時期に、目に見えるように書かれる小説には危機がおとずれる」などと書かれると、直接の対象であるフロベールだけではなく、他の作家まで読みたくなってくるではありませんか。そういうわけで、わたしはいまディドロの『運命論者ジャック』を「読み返している」ところです。

【この書評が収録されている書籍】
退屈な読書 / 高橋 源一郎
退屈な読書
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:1999-03-00
  • ISBN-13:978-4022573759
内容紹介:
死んでもいい、本のためなら…。すべての本好きに贈る世界でいちばん過激な読書録。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

なぜ古典を読むのか / イタロ・カルヴィーノ
なぜ古典を読むのか
  • 著者:イタロ・カルヴィーノ
  • 翻訳:須賀 敦子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(329ページ)
  • 発売日:1997-11-00
  • ISBN-10:4622046202
  • ISBN-13:978-4622046202
内容紹介:
卓越した文学案内人カルヴィーノによる最高の世界文学ガイド。ホメロス、スタンダール、ディケンズ、トルストイ、ヘミングウェイ、ボルヘス等の古典的名作を斬新な切り口で紹介。

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初出メディア

週刊朝日

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