書評

『レ・コスミコミケ』(早川書房)

  • 2017/09/30
レ・コスミコミケ  / イタロ・カルヴィーノ
レ・コスミコミケ
  • 著者:イタロ・カルヴィーノ
  • 翻訳:米川 良夫
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(295ページ)
  • 発売日:2004-07-22
  • ISBN:4151200274
内容紹介:
いまや遠くにある月が、まだはしごで昇れるほど近くにあった頃の切ない恋物語「月の距離」。誰もかれもが一点に集まって暮らしていた古き良き時代に想いをはせる「ただ一点に」。なかなか陸に上がろうとしない頑固な魚類の親戚との思い出を綴る「水に生きる叔父」など、宇宙の始まりから生きつづけるQfwfq老人を語り部に、自由奔放なイマジネーションで世界文学をリードした著者がユーモアたっぷりに描く12の奇想短篇。

イタロ・カルヴィーノ(Italo Calvino 1923-1985)

イタリアの作家。リアリズム小説で出発するが、『まっぷたつの子爵』(1952)、『木のぼり男爵』(1957)、『不在の騎士』(1959)の三部作でファンタスティックな作風に転じ、さらに短篇集『レ・コスミコミケ』(1965)、おなじく『柔らかい月』(1967)では超絶アイデアの法螺話をつむぎだす。そのほかの作品に『マルコ・ポーロの見えない都市』(1972)、『宿命の交わる城』(1973)、『冬の夜ひとりの旅人が』(1979)などがある。

introduction

はじめて読んだカルヴィーノ作品は『まっぷたつの子爵』だった。これはレイ・ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』とおなじ晶文社《文学のおくりもの》で出ていて、ブラッドベリ・ファンのぼくは、芋蔓式に行きあたったのである。戦闘中に受けた砲撃で身体を分断された子爵の、それぞれの半身が独立して行動をはじめるという奇想小説だ。これにすっかり味をしめたぼくは、手あたりしだいカルヴィーノの小説を読みあさる。といっても、当時(一九七〇年代半ば)は、邦訳の数もたいしたことがなかった。仰天したのは、宇宙の法螺吹きおじさんQfwfqが登場する諸作を含んだ短篇集『柔らかい月』である。こういうのをもっと読みたいと熱望していたら、まもなく『レ・コスミコミケ』の翻訳・雑誌掲載がはじまった。

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カルヴィーノもボルヘスと同様、作品のなかに独自の世界模型をつくりあげる作家だ。けっきょく、ぼくはこの手の小説に目がないのである。世界模型づくりにむかうカルヴィーノの姿勢は、『マルコ・ポーロの見えない都市』では先鋭化し、ふつうの意味での物語性は放擲され、五十五もの架空都市のコンセプトばかりがひたすら提示される。また、『宿命の交わる城』『冬の夜ひとりの旅人が』では、世界模型の構造が文学実験と結びついて、迷宮のような小説空間を完成させる。いずれも、読む者の想像力を激しく、しかし心地よく刺激してくれる作品だ。

傑作が多いカルヴィーノ文学のなかから代表作をひとつ絞りこむのはむずかしいが、マイ・フェイヴァリットというなら連作短篇集『レ・コスミコミケ』をおいてない。ボルヘスの世界模型が明晰なロジックに貫かれているのに対し、本書におけるカルヴィーノ世界はロジックがあるにはあるが、ぜんぜん厳密ではなく、むしろ意図的に踏みはずしたり、ぬけぬけと矛盾させたりしている。その闊達ぶりが痛快だ。各篇に共通する主人公Qfwfq老人は、この世の開闢(かいびゃく)から生きつづけている存在で、いまはどうやら人間の姿をしているらしいが、その昔は恐竜だったり、軟体動物だったり、地球ができる以前は宇宙空間に生息しており、さらに物質が生成されるまえは実体なしの意識だった。

「ただ一点に」は、空間というものがなかったころの話である。「もちろん、だれもかれも、みんなそこにいたとも。さもなくて、どこにいられたものかね?」とQfwfqは語りはじめる。存在はすべて点であり、おなじ場所にあった。というより、場所という概念すらないのだ。距離をとることができないので、何人いたのかもわからない。一点にあつまっているが、たがいに邪魔するとか邪魔されるとかいうこともあり得ない。ただ、性格ということにおいては、迷惑なやつもいたが。おかしなことに、なかには“移民”と呼ばれている家族がいて、Qfwfqはいったいどこから移ってきたっていうんだ、そりゃ偏見だろうと思う。しかし、別な者の見解によれば、“移民”は、時間や空間と無関係の概念だという。また、いずれ宇宙をつくるときに使うものもいっさいがっさい、その一点にあった。たとえば、アンドロメダ星雲になる天文素材、ベリリウムの同位元素といった化学品、ヴォージュ山脈など地理用の部品だ。

こんな状態からどうやって空間が生じたのか? それは、ひとりの女性の善意である。彼女が「ねえ、みなさん、ほんのちょっと空間(スペース)があれば、わたし、みなさんにとってもおいしいスパゲッティをこしらえてあげたいのにって思っているのよ!」と言った瞬間に、だれしもが空間なるものを思いえがいたのだ。薄く伸ばした粉のうえを麺棒が動くさま、粉の材料となる小麦を育てるための畑、小麦を実らせるために太陽が光を送ってよこす宇宙、そして無数の星が浮かぶひろがり……。そのとたんに、みながいた一点が、何百光年、何万光年、何十億光年といった距離で拡大しはじめる。Qfwfqたちはばらばらに宇宙の八方に投げだされてしまった。しかし、ときには偶然に、たとえばバス停だとか映画館だとか国際歯科医師会議だとかで、だれかとだれかが出会ったりする。いろいろな昔話が出るが、その最後にはかならず、あの優しかった彼女、みなにスパゲッティをごちそうしたいと言った彼女をしのぶことになる。あのひとは、空間が生じたときに、どんな種類か知らないが光熱エネルギーに分解してしまったのだ。

「ただ一点に」で描かれたのはビッグバン宇宙だが、別な作品「終わりのないゲーム」では定常宇宙が題材となる。つまり、宇宙は膨張しているが、その密度を不変に保つように新たな水素原子がたえず生成されているという論だ。子どものころのQfwfqは友だちのPfwfpと、湾曲してる空間に沿って水素原子を転がして、ぶつけあうゲームに興じていた。ビー玉のようなルールで、相手の原子をとるのだが、あまり強くぶつけると水素ふたつからがヘリウムが生じてしまうので注意しないとならない。また、空間のカーブでいきおいがつくと、原子が転がりおちて取りもどせなくなってしまう。しかし、新しい水素が生成されるので、それで補充ができる。新しい原子はぴかぴかに光り、しっとりとして新鮮なので、Qfwfqたちは「新しい原子一個=古い原子三個」というレートに決めていた。

ふたりは仲良く遊んでいたが、あるときPfwfpがインチキをしていることがわかる。頭にきたQfwfqは、贋の水素原子をつくってPfwfpにいっぱい食わせようとする。贋物づくりといってもそのころの宇宙にはほんのわずかな材料しかなかったので、光電子放射線やニュートリノなどを丸めては唾で湿して(!)ひとつに固めたのである。

一方、「宇宙にしるしを」では、アイデアがメタフィジカルな領域に達している。銀河系は回転しており、その周期は二億年だ。Qfwfqは「二億年たってまたそのつぎに、そこを通りがかったときにみつけられるように」と、宇宙のある点にしるしをつける。といっても、その当時には道具もなかったし、しるしにするための“形”という知識すらない。また、しるしにはモノが使えない。あらゆる物質は宇宙のなかで不動ではないので、絶対的な位置を示すことはできないのだ。それでもQfwfqはどうにか工夫してしるしをつける。しかし、長い年月のなかで記憶が曖昧になって、どんな方法でしるしをつけたかが思いだせない。また、しるしに出会ったとき、それが判別できるかどうかもあやしい。さらに二億年だと思っていた周期も、重力による軌道の偏差があるので、実際は六億年だということがわかる。しかたないので六億年ひたすら待つ。ようやく、元のところに戻ってきたと思ったら、しるしがだれかに消されているではないか、チクショー! かくして、宇宙を股にかけた落書き合戦がはじまる。

と、まあ、『レ・コスミコミケ』はすべての作品が、そんな気宇壮大なナンセンスで彩られている。Qfwfq老人は超弩級の語り部であり、彼にかかれば、宇宙論、天体物理、生命進化、情報理論などの知識もまるでお手玉を扱うがごとくである。

【この書評が収録されている書籍】
世界文学ワンダーランド / 牧 眞司
世界文学ワンダーランド
  • 著者:牧 眞司
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(397ページ)
  • 発売日:2007-03-01
  • ISBN:4860110668
内容紹介:
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レ・コスミコミケ  / イタロ・カルヴィーノ
レ・コスミコミケ
  • 著者:イタロ・カルヴィーノ
  • 翻訳:米川 良夫
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(295ページ)
  • 発売日:2004-07-22
  • ISBN:4151200274
内容紹介:
いまや遠くにある月が、まだはしごで昇れるほど近くにあった頃の切ない恋物語「月の距離」。誰もかれもが一点に集まって暮らしていた古き良き時代に想いをはせる「ただ一点に」。なかなか陸に上がろうとしない頑固な魚類の親戚との思い出を綴る「水に生きる叔父」など、宇宙の始まりから生きつづけるQfwfq老人を語り部に、自由奔放なイマジネーションで世界文学をリードした著者がユーモアたっぷりに描く12の奇想短篇。

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