アントニオ・タブッキやナタリア・ギンズブルグの翻訳でも知られる須賀敦子は、イタリア文学を日本語に移して紹介する前に、アツコ・リッカ・スガの名で、日本現代文学の名篇を自ら編集し、イタリア語に訳して簡潔な解題を付すという大きな仕事をなしとげていた。
全二十五篇を収めるその『日本現代文学選』がボンピアーニ書店から刊行されたのは一九六五年、訳者三十六歳のときである。日本文学といえば、まだ英語からの重訳が多かった当時、この翻訳選集の訳文の香気は、イタリア語を母語とする読者にも高く評価された。
本書には原本のうち十三篇がまとめられている。一冊のアンソロジーとして楽しめると同時に、作家になる前の須賀敦子がどのような作品を受容、消化していたのかを考えるうえで、重要な指標になりうるものだろう。今回精選されたなかでは、川端康成「ほくろの手紙」、坪田譲治「お化けの世界」、林芙美子「下町」、深沢七郎「東北の神武(ずんむ)たち」、庄野潤三「道」といった作品との向き合い方が気になる。
原本にあった残り十二篇も、続刊として待ちたい。