書評

『映画術 その演出はなぜ心をつかむのか』(イースト・プレス)

  • 2018/05/27
映画術 その演出はなぜ心をつかむのか / 塩田明彦
映画術 その演出はなぜ心をつかむのか
  • 著者:塩田明彦
  • 出版社:イースト・プレス
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2014-01-22
  • ISBN:4781611001
内容紹介:
観る者を魅了する人物は、どのように作られるのか?映画監督の著者が、偏愛するさまざまなシーンを取り上げながら、心をつかむ"演技と演出"の核心に迫る連続講義。

7年の沈黙を続けた塩田明彦が解説する"映画術"

ノープランで現場にやってきたアクション監督! いま語られるメイキング・オブ・『どろろ』

今、塩田明彦監督についてのすべての記述は『どろろ』の話からはじまらざるをえない。優れた知性と卓抜な演出力で、傑作を何本もものしていた塩田明彦が順調なステップアップのすえ、手塚治虫原作の『どろろ』に挑むことになったのは2007年のことである。東宝配給の堂々たる邦画メジャー作品。主演は妻夫木聡と柴咲コウのアクション大作、製作費は20億である。

何よりもそれはひとつの試金石だった。もともと低予算、単館公開のアート・フィルムで評価を得ていた俊英、映画を知性によって攻略してきたシネフィル監督がメジャー映画にいかに挑むのか? しかも相手は手塚治虫の大問題作である。差別問題でたびたび書き換えられてきたこの作品。ファンも多いが問題も多い作品をきちんと映画化できるなら、きわどい内容のメジャー映画も製作できるようになるかもしれない。

だが、残念ながら。その期待はかなわなかった。『どろろ』以降、塩田明彦は7年ものあいだ沈黙を続けた。まあ、いろんな理由があったのだろうが、つまるところは『どろろ』の失敗は本人にもこたえたということではなかろうか(興行的にはヒットしているので、次回作が作れないわけではなかったはずだ)。その間何をしていたのかと言えば、学校で映画の作り方を再考していたのだった。

『映画術~その演出はなぜ心をつかむのか』と題する本書は2012年、映画美学校アクターズコースでおこなわれた7回にわたる講義を再録した本である。第1回の「動線」からはじまって、「顔」、「視線と表情」、「動き」……と
映画を形づくるさまざまな要素が分析されてゆく。たとえば「動線」では成瀬巳喜男と溝口健二の作品を例にとり、人物を動かす上での「動線」の設計が論じられる。『乱れる』で加山雄三と高峰秀子のあいだの距離がいかに視覚化され、それを2人がいかに乗り越えようとするか(あるいは乗り越えられないか)が、実際のシーンを見せながら説明される。書籍では分解写真によりシークエンスが丁寧に説明される。読んでいるだけで実際の映画が観たくなってくる見事な解説だ。「顔」では『サイコ』のアンソニー・パーキンスが、「視線と表情」では『散り行く花』のリリアン・ギッシュが取り上げられる。これはアクターズ・コースにおける、俳優志願者に向けての講義なのだが、「いかに演技すべきか」といった内容はあまり語られない。マーロン・ブランドを馬鹿だと断じ、メソッド・アクティング到来以前の演技がいかに素晴らしいものであるかを論じる内容は、今の俳優にとっては実践的とは言いがたかろう。その素晴らしい演技は今となっては不可能なものだからだ。

たとえばフリッツ・ラングの映画における省略話法の見事さ、そこでの演技のかたちを塩田明彦は論じる。それはもちろん古典期ハリウッドにおいてしか実現できないものである。ただ演技を、脚本の構成をいじるだけで作れるわけではなく、すべてがひとつに組み合わさって完成しているからである。蓮實重彦門下の俊英が範としたハリウッド古典期の名作、あるいは日本映画黄金時代の傑作をそのままに真似ることはできない。そこに評論家と実作者とのあいだの大きな分裂があり、塩田明彦はまさしくその分裂に直面したのだと言える。ここにはその苦悩と、それを乗り越えるためのヒントもまた記されている。

ところで本作中にも『どろろ』製作時のエピソードは登場する。アクション監督のチン・シウトンが「事前に何も考えていない」のが秘訣だと塩田明彦は書く。

撮影前日に――前日ですよ――ニュージーランドに来て、当日現場に現れて、それで「ここは違うなあ」って……30分間歩いて、「出足はこうだ」ってまず撮る。それがAなんです。で、次に撮るのがBじゃないんです。次はDとかEを撮るんです。全然関係ないアクションを撮る。

それを現場編集のブースでつないでから考えることで飛躍した動きを生みだす、と言うのだが、いや、それは嫌な記憶を無理矢理いい話にしようとしていないだろうか? 思わずそのときのスタッフの顔まで想像してしまう。このメイキングについての言葉を聞いてみたいという気すら沸いてくる。なお、塩田明彦の新作『抱きしめたい』は、求められ科される制限の中でいかに映画を成立させるかという課題に真っ向から立ち向かった佳作である。7年のブランクは決して無駄ではなかったのだ。
映画術 その演出はなぜ心をつかむのか / 塩田明彦
映画術 その演出はなぜ心をつかむのか
  • 著者:塩田明彦
  • 出版社:イースト・プレス
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2014-01-22
  • ISBN:4781611001
内容紹介:
観る者を魅了する人物は、どのように作られるのか?映画監督の著者が、偏愛するさまざまなシーンを取り上げながら、心をつかむ"演技と演出"の核心に迫る連続講義。

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初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2014年4月

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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