書評

『宇宙飛行の父 ツィオルコフスキー: 人類が宇宙へ行くまで』(勉誠出版)

  • 2020/04/09
宇宙飛行の父 ツィオルコフスキー: 人類が宇宙へ行くまで / 的川 泰宣
宇宙飛行の父 ツィオルコフスキー: 人類が宇宙へ行くまで
  • 著者:的川 泰宣
  • 出版社:勉誠出版
  • 装丁:単行本(306ページ)
  • 発売日:2017-11-30
  • ISBN-10:4585221964
  • ISBN-13:978-4585221968
内容紹介:
耳が聞こえず孤立するなか、「伝説の独学」によってロケットの基礎となる理論を打ち立てたロシア人科学者コンスタンチン・エドゥアールドヴィッチ・ツィオルコフスキー。
人類みんなを宇宙に飛ばすことを夢見て、知性と理論による驚異的な未来予想で科学を発展させた「ロケット推進の父」の、日本ではじめての伝記。

夢物語から具体的アイディアへ

正直のところ、今はSFにあまり関心はなく、映画でも、いわゆるスペース・オペラなど、全く観なくなったが、戦前海野十三の作品に魅せられた名残で、まだSFに関心を失っていなかった一九六〇年代初期、どういうわけかツィオルコフスキーの作品が幾つか集中的に日本に紹介されたこともあって、当時SFとして翻訳を読んだ覚えがある。その後も、SF作家ではなく、宇宙開発の先駆者としての彼の名前を、頭の隅にとどめることはできたが、その仕事の全容や、彼の生涯については、全く無頓着に過ぎたことが、本書を読んでまことに恥ずかしい。

一九五七年、世界はひとつのニュースに震撼させられた。ソ連が、スプートニクと称する人工衛星を、人類史上初めて、地球圏外に送り出したことが報じられたからだ。それから四年、一九六一年にはボストーク計画の第一号が、ガガーリンを乗せて人類宇宙飛行に成功している。上に述べたツィオルコフスキー翻訳の小ブームは、まさしくこの出来事に符節を合わせたものだったはずだ。もっとも、以来六十年の今日、日本人十二人目の宇宙飛行士が宇宙ステーションに滞在中とは予想されなかったろう。

それらの宇宙計画の父と呼ばれるコンスタンチン・ツィオルコフスキー(一八五七―一九三五)は、コサックの血を引く父親とタタール系の母親との間に生まれた。生地は広大なロシアのほぼ中心あたりの僻村(へきそん)であった。父親は、コサックの血統と同時に貴族の血筋も受け継いでいた。妻は十回以上の出産に恵まれたが、育ったのは六人であったという。コンスタンチン生誕の頃のロシアは、当然ロマノフ王朝下、しかし、クリミア戦争の敗北直後で、農奴解放運動など、すでに激動期に入っていた。

比較的教養のある家庭に育ったコンスタンチンを、思いもかけぬ災厄が襲った。十歳の時だ。猩紅熱(しょうこうねつ)が彼の聴力を奪ったのである。左耳だけが、辛うじて微かな可聴性を示した。彼自身の告白によると、彼の華々しくもなく、孤独な生涯がここに決まったのだという。その後、手近なものを利用しながら、様々な工夫を凝らしてモノづくりに励んだという。

こうして著者は、ロシア語の原典をも掘り起こしながら、ツィオルコフスキーの生涯を丹念に描いていく。そこには面白い工夫もある。例えば著者が「紙上寄席」と名付けた部分で、本書に何回か登場する。要するに、落語仕立ての会話を構成してみせることで、読者の関心を繋ぎとめるという仕掛けだ。最初の寄席は、一八六五年ジュール・ヴェルヌが発表した『月世界へ行く』(邦訳は新装版、江口清訳、創元SF文庫、二〇〇五年)に関わる部分で登場する。コンスタンチンは、この書物(ロシア語訳)に大きな衝撃を受ける。それも、冒険フィクションとしてではなく、リアルな課題として受け止めたところに、彼のユニークさがあった。重力の束縛をどう切り抜けるか。具体的な課題が頭に浮かんだというから、まさしく夢物語を超えた受け取り方をされている。宇宙開発への基本的なきっかけが、ヴェルヌの作品であったことは確からしい。

もう一つの重要なエピソードは、アレクサンドル2世暗殺計画に参画して処刑された「テロリスト」の一人キバルチッチを巡るものである。この人物は、幼いころから数学の天才で、テロ運動の中で火薬の製造などにも研究と工夫をしたらしい。その推力で、人間を宇宙へ送るというアイディアが結びついたようだ。彼を中心とするテログループは、収監中、裁判の行方よりも、どうやったら宇宙空間に飛び出せるか、を議論しあったという、弁護士の証言が引用されている(キバルチッチの肖像は、今ウクライナの切手に採用されているという)。彼が残したロケットの推力などに関する計算書と説明手記とが、死後に残された(一八八一年)。ほとんど同じころ、正確には二年後に、ツィオルコフスキーも、似たような内容のアイディアを示すメモを残している。両者の間には関係はないから、これも歴史上しばしば起こる「同時発見」の事例と考えるべきだろうか。時代の先端が、その方向に熟しつつあったとも解釈できよう。

その後、宇宙開発への限りなき研究を続けながら、公的に最初の創造的仕事はむしろ空想科学小説『月の上で』の刊行という形をとった。一八九三年ツィオルコフスキー三十六歳のときのことである。その後も数年は、小説の執筆に精力を注ぎながら、宇宙船の設計に繋がる乗り物(例えば、当時ヨーロッパでブームになり始めていた飛行船など)の設計などに、具体的な成果を示しつつ、理論的な方面でも、次々に重要な文書を残すことになる。その詳細な経緯や、ソ連・ロシアが、その後彼の仕事をどのように評価したか、という点まで、丹念に追求した本書は、類書がないこと、また著者の対象への温かいまなざしが感じられることで、興趣溢れる読み物となった。
宇宙飛行の父 ツィオルコフスキー: 人類が宇宙へ行くまで / 的川 泰宣
宇宙飛行の父 ツィオルコフスキー: 人類が宇宙へ行くまで
  • 著者:的川 泰宣
  • 出版社:勉誠出版
  • 装丁:単行本(306ページ)
  • 発売日:2017-11-30
  • ISBN-10:4585221964
  • ISBN-13:978-4585221968
内容紹介:
耳が聞こえず孤立するなか、「伝説の独学」によってロケットの基礎となる理論を打ち立てたロシア人科学者コンスタンチン・エドゥアールドヴィッチ・ツィオルコフスキー。
人類みんなを宇宙に飛ばすことを夢見て、知性と理論による驚異的な未来予想で科学を発展させた「ロケット推進の父」の、日本ではじめての伝記。

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毎日新聞 2018年1月7日

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