書評

『庭』(新潮社)

  • 2018/06/08
庭 / 小山田 浩子
  • 著者:小山田 浩子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(235ページ)
  • 発売日:2018-03-30
  • ISBN-10:4103336439
  • ISBN-13:978-4103336433
内容紹介:
ままならない日々を生きる人間のすぐそばで、虫や草花や動物達が織り成す、息をのむような不可思議な世界。15篇を収める初短篇集。

沈潜するものへの恐れ

小山田浩子が『工場』の表題作で最初に注目を集めたとき、わたしはのけぞった。すごい新人が現れたものだ、というか、この作家、ほんとに新人なのか? と。

「工場」の後に発表された「穴」は、前作より叙述の仕掛けはおだやかになっていたが、最新刊の短編集『庭』は、文体的にはさらに"ふつうのリアリズム"に近づいたように見える作品もある。突拍子のないできごとや、不条理な状況も、毎作で出来するわけではない。蟻、やもり、蜂、よくわからない羽虫、バッタの幼虫、クモ、カエル、蟹、鶴、犬、そして人間の子どもや赤ん坊……小さな生き物がほとんどの編に出てくる。そして、庭。「彼岸花」「どじょう」「庭声」「広い庭」「世話」など多くの編が、庭を舞台(の一部)としている。

表象的な解釈をすれば庭は日本古来の土地家屋の概念では、外界と内界の境をなす、曖味な空間だ。表出しそうでしない「庭」的な心の領域で、本書のほとんどのことは起きる。できれば他人にはずかずか入ってきてほしくないが、戸を閉てると角が立つ。だが、木戸を開けておけば、ひとは無断で入ってくる。うっすらとまぶされる悪意や嫌悪。このうっすら具合に、ますます深まる作者の業を感じる次第である。

「なんとなく視線を上げるとクモがいた」と始まる「家グモ」は、「眼をあげて初めて壁のしみに気づいたのは」と始まる英国作家の名編「壁のしみ」を彷彿させるが、まさに、「壁のしみ」の語り手が壁のしみに取り憑かれるように、「家グモ」の主人公も、家に現れたクモにオブセッションをもつようになる。

主人公は、たびたび部屋でクモを見かけるようになる(決まって夫の留守中に)。なにに倦んでいるのか明示されない。臨月で幸せいっぱいの友人が、大のクモ嫌いと知ったうえで、ランチ時にわざと家グモの話を始めるが、まったく拒否反応がないのを見て、クモ嫌いは別の友人だったかと一瞬訝り、自分のしていることにげんなりしたりする。一方、隣家の娘の「りーちゃん」は非常に聡く、あどけない。しかし、そんなわが子を愛する母の心には、ごく薄い、蜘蛛の糸のような憎しみがもわもわと掛かっている。

「彼岸花」でも、内向性の感情が透かし見える。語り手が子どものころ、祖先の墓の周りに真っ赤な彼岸花が群生し、父はこの花を忌み、猛然と引っこ抜いた。次に語り手が彼岸花を見るのは、結婚前にいまの夫の実家に挨拶に行ったときだ。庭に赤い花が叢(む)れており、夫の祖母から、不思議な話を二つ聞く。ものもらいには、乳房からじかに垂らした乳が効くこと。また、授乳時期に胸が腫れたりしたら、彼岸花の根をすりおろしたものが特効薬になること。

現在、語り手の夫は交通事故で入院中なのだが、じつは一緒に事故にあった同じ会社の女性がいた。彼女は軽傷で、職場にもどる。会社から届いた(その彼女が選んだかもしれない)見舞いの花束を、姑は「お葬式に飾る花みたい」だと言うが、語り手は「白が中心ではあったが緑や薄いピンクの花が混じり」「今風のアレンジメントに見えた」と言い、「そのセンスの良さに苛立」つ。

『庭』における"悪意"とは、この淡い色合いの花束に混じった緑や薄いピンクの花のようなものだ。白い花と協調して目立たない、あるいは善いものにすら見えたりする。「彼岸花」で言えば、義祖母の義母、義祖母、義母、形て、そして夫の恋人(?)の間で、嫌悪と嘘を含んだ好意的なやりとりが展開する。怖い、怖い。

小山田作品には、「沈潜したなにか」への不安があるのではないか。その恐れは、作中にしばしば出てくる、長年開かれずにいる「扉」に象徴されるかもしれない。「延長」という編には、十年来ずっと開けられずにきた納屋の戸が出てくる。「どじょう」には、子ども用品で溢れかえって父親がドアも開けなくなってしまう部屋や、ポンプの撤去された古井戸の蓋があり、「広い庭」には、わが家の庭に突如ひらく水界への入り囗が……。

反対に、なにかを閉めだしたり、遠ざけたりすることもある。前述の「家グモ」しかり、「彼岸花」しかり、窓にやもりが張りつく「うかつ」しかり。

しかし、こうして閉じこめたもの、閉めだしたものは、消えない。どこかに滞留し、見えないトンネルを通っていつかどこかに出てくる。蟻塚を壊された蟻は恨みを忘れない。靴のなかには蟹がいる。窓に張りついたやもりは、妻は消えたというが「僕」の目には依然としてそこにある。すべて除去したはずの花は………。

本書のなかでも異色なのは、叙述の仕掛けがもっとも過激な一編「動物園の迷子」だろう。休日に動物園を訪れた、主に三組のお客たちの視点から描かれているが、どの出来事がどの順番で起きたのか、語りのどの階層に属しているのか、見極めがつかない。エッシャーのだまし絵のようなことが起きる。

一組めは二歳児のいる三人家族、二組目は翔悟という六歳児のいる夫婦と妻の両親、三組めは女子大生ふたり。意識の流れ的手法で、現時点での夫婦の会話と、今朝の会話と、しばらく前の会話が並置され、さらに、動物園のアナウンスや、隣にいる家族の声などが混交する。結節点となるポイントは、男児をつれた若い女性二人、園内に響く「たなか、しょうごくん」の迷子アナウンス、母に手をとられてしぶしぶ歩く幼児、長い髪を結んだ男性飼育員、このあたりだろう。

たとえば、小説には、「山田はその日、赤いシャツを選んで着た」という記述の後に場面が転換して、別な人物が「赤いシャツを着た男」を見かけたら、それは前述の「山田」のことだという黙契があるだろう。そうした約束事をうのみにして大丈夫かと、本作は疑問を投げかける。すべてはだれかの過去の記憶かもしれないし、急に時間軸が未来に飛んだのかもしれない。こんな分析はすべて無益かもしれない。

「庭」には萌えいずる生への肯定感とともに、小山田らしい生への懐疑が根底にある。それは、すこぶる健全なことなのだ。
庭 / 小山田 浩子
  • 著者:小山田 浩子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(235ページ)
  • 発売日:2018-03-30
  • ISBN-10:4103336439
  • ISBN-13:978-4103336433
内容紹介:
ままならない日々を生きる人間のすぐそばで、虫や草花や動物達が織り成す、息をのむような不可思議な世界。15篇を収める初短篇集。

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