書評

『なめらかで熱くて甘苦しくて』(新潮社)

  • 2018/06/19
なめらかで熱くて甘苦しくて / 川上 弘美
なめらかで熱くて甘苦しくて
  • 著者:川上 弘美
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(223ページ)
  • 発売日:2015-07-29
  • ISBN:4101292434
内容紹介:
それは人生をひととき華やがせ不意に消える。愛し、産み、老いていく女たちの愛すべき人生と「性欲」の不思議に迫る魅惑の物語。

洪水以後の世界構造

むかしむかし。男がいて。女もいて。セックスしたくて。セックスして。しまくって。死にました。おしまい。『伊勢物語』の授業レポートにそう書いたら怒られた。思い出したのは、本書所収の一作の末尾に「(参考『伊勢物語』)」とあったからだ。

本書は断続的に発表された五本の短篇で構成される。各題はラテン語に統一してある。あらかじめ連作として書かれたのだろう。いずれも断片的なエピソード群の集積からなる。形式は区々だ。章間の接続関係が明瞭な作品もあれば、そうでない作もある。作品間を横断するキーワードも浮かぶ。アイテムの部分的共有も発見できる。つまり相互陥入的。『伊勢物語』の構造そのものだ。じっさい、五作とも、女がいて、男もいて、セックスして。死ぬ。いや、厳密には、セックスの想像に失敗したり、人間以外のものと交接したり、死ななかったり、生まれたりもする。発表=収録順に即して個別に見ていこう。

一作目「aqua」は田中水面(みなも)という少女の小三から高校時代までの成長譚だ。性をめぐる遠近感の変遷が主題化される。川上弘美が反復使用するモチーフに"変身"がある。作中、理科の授業の一環で生徒たちは各自の蚕/繭を飼う。本来は繭を煮て中の蚕を殺し、糸を抽出するのだと教師が補足解説する。水面はぞっとして、クラスメイトの田中汀(みぎわ)に繭を託す。汀は「煮る」という。きわめて暗示的な場面だ。一方は変身=成熟の先の現実をそれとなく先送りする。他方は早々に受け入れる。両者の成長の方向やリズムは分岐していく。水面は「なんにも知らないんだからー」と指摘される学生に成長し、汀はシンナー遊びをする学生に成長した。進学先も別々。知識も経験も異なる。身長も体重も同じなのに。互いに"分身"の関係にある。

全ては諸条件の差異から連動的に導かれている。差異は些細で偶然的だ。しかし決定的だ。生活空間(教室、社宅、近隣……)を共有していても、みな背後に差異を抱え生きている。私たちはその事実を垣間見て、ときに「申し訳ないような気分にな」りもする。そして、こうではなかったかもしれない別の現実に想いを馳せる(水面は「殺された」女児の噂を反芻する)。差分を測定する過程で、そのつど現実世界のイメージが多重化していく。「世界は大きくてあたしたちは小さすぎる」。日常の対話をとおして「世界」が構築されはじめる。

対話の連鎖は立場や条件の相異を一つ一つ明確にする。と同時に、相互の関係や距離を炙り出す。二作目「terra」はそこに叙述トリックを挿し込む(詳細は伏せよう)。基本軸は、男子大学生の沢田とその後輩「わたし」=麻美の会話だ。沢田の隣に住む加賀美という女子大生が事故死した。類縁のない彼女のため、二人は納骨の旅に出る。旅中の対話(/内省)の饒舌さが行程を埋め尽す。対話により沢田と生前の加賀美との微妙な関係性が徐々に明かになっていく。そのプロセスは沢田自身の気づきにそのまま重なる。気づきの産婆役として麻美は作中に存在している。他者との対話=恋愛の不/可能性が如実に構造化されたテクストだ。体験共有の限界はどこにあるのか(「わたし」のセックスと「あなた」のセックスは同一か)を読者に問いかける。

共有が前提化する例外がある。母子関係だ。出生直後の子は「細胞その他の組織」レベルで母親と地続きにある。だがいずれ卒乳し母以外の要素が増殖する。鏡像関係からも離脱。最終的に他者として屹立する。たえず関係が結び直される。三作目「aer」はそうした段階的変化を逐一、母である「わたし」の立場から活写する。人間の「どうぶつ」的位相がせり出す瞬間をはじめ、心身両面の変化が克明に自己観察される。試行されるのは、漠たる「母性」概念をにべもなく即物的に書換えてしまう作業だ。五作中もっとも実感的な筆致。実感を突き詰めたがゆえに、「神話の世界」にも呼応する。具体性への膚接が普遍的な原理への回路を開鑿する。

その回路を反対から表現したのが四作目「ignis」だ。三〇年以上、「わたし」と青木は同棲している。結婚していない。一度流産した。定年も過ぎた。来歴が高速展開していく。無時間的な空間にいるかのよう。出逢う前を含め他の男女との関係もあった。それが『伊勢物語』の有名段(第六段「芥川」や第九段「東下り」など)を下敷きに綴られる(道具立ての変換が面白い)。トレース可能なのは、男女関係のバリエーションが「千年以上前の世から、変わらない」からだ。そもそも、「なつかしく思うこと」は本当に「わたし」の経験なのか。誰かの通過した人生を再演しているだけかもしれない。そうした感触が極度の寓意志向のもと小説として組織化される。「その男は青木ではなく、その女はわたしではない。その男は青木であり、その女はわたしである」。無数の男女が同じ「道」を歩いた。私たちは誰かが生きた人生を歩んでいる。

以上四作は年齢順に配列されている。少女→大学生→出産→初老。各時点の性/生に関する認識の変容を可視化する。少女たちは「死にたくな」るといい、年配者は「まだ死にたくない」といった。前者が後者に到るには、いくつもの関係性が経由されなければならない。その関係が世界を創る。並行して、アングルは接近から俯瞰へと切替わる。それゆえ照準もシフトする。微視的な差異から巨視的な類似へと。この移行は本書の構造を一貫して支えている。どういうことか。

各題は世界の四大元素に相当する。ラストには五作目「mundus」=「世界」。四作をすっぽりと飲み込む。そこには、洪水や繁殖のイメージが氾濫するほか、四作のテーマやアイテムが圧縮され、「ぎっしりつめこまれ」る。それらは「重なって溶けあい」、新しい世界の創出に奉仕させられる。「/」で区切られた二五の断章はサイズも時代もばらばら。だが、境界は次々と溶融し「一続きのものとしてつらなってい」く。ついに、融解対象は既読の四作へも及ぶだろう。巻末作品を梃子に一冊全体の意味が「ずるりと」再編されてしまう。構造が語る。その構造は「世界」そのものだ。五作目だけ震災以後に書かれた。

なめらかで熱くて甘苦しくて / 川上 弘美
なめらかで熱くて甘苦しくて
  • 著者:川上 弘美
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(223ページ)
  • 発売日:2015-07-29
  • ISBN:4101292434
内容紹介:
それは人生をひととき華やがせ不意に消える。愛し、産み、老いていく女たちの愛すべき人生と「性欲」の不思議に迫る魅惑の物語。

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