書評

『神様』(中央公論新社)

  • 2017/10/05
神様  / 川上 弘美
神様
  • 著者:川上 弘美
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(203ページ)
  • 発売日:2001-10-01
  • ISBN:4122039053
内容紹介:
くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである-四季おりおりに現れる、不思議な"生き物"たちとのふれあいと別れ。心がぽかぽかとあたたまり、なぜだか少し泣けてくる、うららでせつない九つの物語。デビュー作「神様」収録。ドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞受賞。

今はもうないものの光

川上弘美の語り手が、周囲の人々と、いや人々ではなくむしろ「存在」たちと結ぶコミュニケーションの形態は、いつも恋に似ている。とはいえそれがただの擬似恋愛であれば、こんなにも軽やかで切ない空気は流れないだろう。作者が目を凝らし、ときには息をつめ、それでいて外からは肩の力をきれいに抜いているようにしか見えない呼吸をつむぎながら描き出すのは、当たり前のように遭遇した「存在」たちとの精髄だけの恋なのであり、多少大袈裟にいえば、刹那的にしかありえない命の手触りである。

事実上の第一作として認知された表題作をふくむ短篇集『神様』に収められた九つの作品は、一様に接触と離反を主題としつつ、電子の冷たさをじんわりと人肌の温もりに変えるような不思議な熱を帯びている。ここにはあからさまな恋の台詞も性愛の場面もない。まさしく神様のみに許された高雅な差配があって、登場人物たちはみな、その透明な指図を素直に実践しているだけなのだ。強い気持ちで相手を所有しようとしないから、彼らは至近距離まで心が通っても最終的な合一など願いはしないし、離別に際しても自分を見失って泣き崩れたりしない。

たとえば「神様」で、語り手「わたし」のマンションの三軒隣に越して来た雄のくま。図体に似合わず昔気質(かたぎ)の細やかな気遣いを見せるこのくまは、べつだん姿を変えるわけでもなく、人間界でごくふつうに生活を営んでいる。「わたし」はこの大きなくまに誘われてハイキングに出かけ、楽しい一日を過ごしたあと、自宅の前で、やはりくまの申し出を受け入れて抱擁を交わす。川上弘美を電脳ネットの文学賞から活字の世界に送り出したのは、おそらくこの、恥ずかしげでぎこちない、けれども人間同士の抱擁などよりずっとあたたかな、それこそ「くまの神様のお恵み」を信じるのがごく自然のことのように思えてくる情感を掴む筆力だろう。くまが本物のくまで、人間と会話ができるか否かなど、もはやなんの重要性もない。ふわふわして同時にどっしりとした存在感を彼は持ち合わせているからだ。

異界的とも呼びうる状況設定なのに、もってまわった口実作りなど抜きにして、なにかが突然「わたし」の日常に降り立ち、ひどく近しい「存在」となって呼吸を開始する。くまだけでなく、「わたし」のまわりにゆったりと配置された「存在」たちは、『いとしい』(幻冬舎)に登場する、元春画のモデルだった中年男女のホログラフィに似ているかもしれない。手が届きそうで届かない、そこにあるのに触れられない中空に浮かんだ身体。「花野」で語り手の前にふらりと現われる叔父さんの幽霊は、いつだって宙に浮かんでいる三次元映像のようだし、現世に残した妻子が心配なら自分の家に戻ればいいのに、わざわざ姪の前に出没するこの叔父は、そこはかとない恋の復習をしているようにも見える。

透明で重みのない幽霊を支えているのが、相合い傘や空豆といった具体的な媒介物であることも指摘しておいていいだろう。おなじマンションの部屋の真上に住んでいる、画家兼高校教師の独身男性エノモトさんとの、なんら疚しいところのない、淡泊だがひどくうららかなつきあいを描く「離さない」での仲介項は美味しい珈琲であり、エノモトさんが南の海で拾ってきた人魚である。この小さなマーメイドをエノモトさんが浴槽で飼うようになってから、ふたりの関係にかすかな波紋が生じはじめるのだが、人間界では薄倖を義務づけられているささやかな「存在」を介して、ふたりはようやく互いの気持ちを無意識に伝えあう。もちろん、伝えるばかりで成就しないところにこの作品の魅力はあるので、エノモトさんは人魚だけでなく語り手に魅入られて離れられなくなるのを懼れでもするかのように、貴重な異人を結局海に返してしまうことになる。「ずっと離さないでいるだけの強さがぼくにはなかったのかな」という彼の言葉は、しかし「強さがなかった」と認識する自然体の強さに、彼自身が、そして語り手がまだ半分しか気づいていないことを示しているだろう。すんなりと神様のご加護を引き出すためには、いまどき稀有な、押しの弱さの美質に対する無自覚が必要とされるのだから。

離す、離さないの関係図式は、ほかにも見出すことができる。「夏休み」と題された短篇の舞台は収穫期の梨園で、ここには毎年、奇妙な白い小動物が出現する。アルバイトをしていた語り手は、そのうちの一匹に接近するのだが、ひたすら梨を食べつづけたあげく季節の終わりとともに梨の木のこぶとなって消滅する「存在」たちは、じつのところ、ウテナさんにいきなり恋愛相談をもちかけた河童や(「河童玉」)、そのウテナさんが日曜日の青空市で買って来た壼に住むコスミスミコという、情痴沙汰で殺されて往生しきれずそこに暮らしているらしいコロボックルふうの女性や(「クリスマス」)、夫の浮気が原因で母親がニンゲンフシンに陥っていると報告にくる、おなじマンションのえび男くん(「星の光は昔の光」)と同類なのだ。

えび男くんがしばしのニンゲンフシンから立ち直ったとき口にする星の光の比喩は、本書に集約されたあたらしい意思疎通のありようを代弁しているばかりか、川上弘美の小説に分有された、向こう側とのかすかな交感の秘密をも証しだてて、強い印象を残す。星の光は死んだ光だ、と少年は言う。「昔の光はあったかいけど、今はもうないものの光でしょ。いくら昔の光が届いてもその光は終わった光なんだ」と。そう、語り手を取り巻く名状しがたい「存在」たちを射し貫いているのは、この「今はもうないものの光」なのである。

ひたすらな受容に身を投じている彼らの内面でも、「わたし」の胸のうちでもない、彼らと「わたし」が触れあう時空の切なさを描いた『神様』の連作の末尾を飾るのは、ふたたびくまを主人公とした物語(「草上の昼食」)である。郷里に帰る決意を固めたくまは、別れのピクニックに「わたし」を誘い、途中で雷雨に襲われると、落雷の危険がある傘を投げ出して、「わたし」を抱えるように地面にしゃがみ込む。そのとき身体いっぱいにひろがるくまの「温かみとしめりけ」は、いつ消えてしまってもおかしくない「存在」との、かすかだが確実な接点だ。「春立つ」に登場する飲み屋の女将、カナエさんの言葉を借りるなら、「雪が溶けるころにいなくなっちゃう、そういう存在のもの」を愛するために、作者は日々、くまの神様に祈りを捧げているのではないだろうか。

【この書評が収録されている書籍】
本の音 / 堀江 敏幸
本の音
  • 著者:堀江 敏幸
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • 発売日:2011-10-22
  • ISBN:4122055539
内容紹介:
愛と孤独について、言葉について、存在の意味について-本の音に耳を澄まし、本の中から世界を望む。小説、エッセイ、評論など、積みあげられた書物の山から見いだされた84冊。本への静かな愛にみちた書評集。

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神様  / 川上 弘美
神様
  • 著者:川上 弘美
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(203ページ)
  • 発売日:2001-10-01
  • ISBN:4122039053
内容紹介:
くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである-四季おりおりに現れる、不思議な"生き物"たちとのふれあいと別れ。心がぽかぽかとあたたまり、なぜだか少し泣けてくる、うららでせつない九つの物語。デビュー作「神様」収録。ドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞受賞。

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初出メディア

文學界

文學界 1998年12月

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