前書き

『解説屋稼業』(晶文社)

  • 2017/07/05
解説屋稼業 / 鹿島 茂
解説屋稼業
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • 発売日:2001-08-00
  • ISBN-10:479496496X
  • ISBN-13:978-4794964960
内容紹介:
著者はプロの解説屋である!?本を勇気づけ、読者を楽しませる鹿島流真剣勝負の妙技、ここにあり。

解説屋の解説

三島由紀夫に言わせると、文庫本の「解説」は日本人の勉強癖が生んだ、いかにも日本的な産物だそうである。だが、私は、この解説というものを、むしろ、またとない素晴らしい日本人の発明品だと思っている。なぜなら、それだけが目当てで、単行本で一度買った本を文庫本でもう一回買い求めることもあるからだ。とりわけ、うまく書かれている解説の場合には。

また、あえて単行本では買わずに、文庫本で解説が付くのを待って買う読者は相当な数にのぼるだろう。読む部分が増えてお得であるのに加えて廉価であるというのが最大の理由だが、解説がついているほうが理解が深くなるという理由をあげる読者も少なくない。

いずれにしても、文庫本の解説というのは、いまや、出版界において、それなくしては文庫本が存立しえぬような重要なファクターとなっているのである、

にもかかわらず、出版界における解説の地位ははなはだ低いといわざるをえない。いきなりみみっちいことを言うようだが、解説の代金は、普通、ページ割の印税計算ではなく、買い取り原稿として枚数計算で支払われる。そのため、夏目漱石の『こころ』や太宰治の『人間失格』のような永遠のベストセラーとして売れ続ける文庫本でも、解説者は、初版初刷のさいに一回だけ稿料を受け取ったにすぎない。

では、解説の原稿料はかなり高いのかといえば、かならずしもそうとは言い切れない。気前のいい出版社で四百字詰め原稿用紙一枚につき一万円、安いところで五千円である。悪くないじゃないかというなかれ、解説は、多くて十枚、普通は六、七枚だから、苦労して書いても十万円を手にすることは稀なのである。

しかし、それでも、解説は、金銭面では、新聞・雑誌の書評よりはいいのかもしれない。というのも、書評は最大で五枚、下手すると一枚だけだから、原稿単価が同じでも、解説のほうが書評よりは稼げるからだ。私も、実際、解説で稼いだ金で、何度か借金の督促を切り抜けたことがある。解説という制度は確実に、批評家やエッセイストの糊口の資を増やしているのだ。

ただ、物書きにとって、書評と解説、どっちが書きやすいかといわれると、書評と答える人のほうが多いのではないか。書評には悪口や批判を書けるが、解説にはその自由はないからだ。解説は、原則的に原著をけなしてはならないという宿命を負う。著者が物故者でないかぎり、批判は書けない。その意味では、解説するときには引き受ける本を吟味して、褒めるに値する本だけを選ばなくてはならない。

物書きにとって、問題はまだある。それは解説というのはあくまで添え物であるという意識が読者にも編集者にも強いため、解説を一冊の本に収録しようとすると、大きな抵抗があるということだ。批評集にまとめようとすると、「解説はちょっと」という声がかかる。では書評集に入れようかと提案すると、書評集は書評だけでということになる。ひとことでいえば、解説というのは、いかにも独立性の薄いものであるという意識が出版社側に残っているせいか、解説者自身の本というかたちで、それに再びお目にかかるという率ははなはだ少ないのである。

私の場合もまさにそうだった。これまで、書評集は二冊出し、批評集や雑文集も数冊あるが、この解説という文だけは、収録する場がないので困った。解説を書いた文庫を積み上げてみると、二十数冊分もうず高く盛りあがってしまったのに、その解説を本にする機会がないのである。さらに、文庫解説ではないが、全集の月報のために書いた文章、書評としてではなく、紹介として書いたPR誌用の文章、こうしたものも相当に数が増えてきた、

そこで、二、三の出版社に、解説およびそれに類する文だけを集めた本というのを作ってみないかと声をかけてみたが、あっさり断られた。「あんさん、冗談、きついでっせ、解説なんて、そんなもん、本になりますかいな」というわけである。

しかし、私としては、この「解説だけをまとめた本」というのに拘りたい気持ちが強かった。

それというのも、解説には解説なりの文法というものがあり、それは書評の文法とも批評のそれとも異なるものと理解しているからである。つまり、私は、日本独特の文学的制度である解説というものが発達を続けるうち、その内発的かつ外発的理由により、ある種の理想形に収敏してきているように思ったのである。それを私なりにまとめて箇条書きにしてみると次のようになる。

①解説はオードブルであると同時にデザートでなければならない。つまり、読者が本文を読む前に、その概要をつかむための紹介的役目を果たす一方、本文読了後に、感想を確認したり、理解を深めたりすることのできる批評であることが要求される。

②解説は、本文の解説であるばかりか、著者の本質への理解を含んでいるべきである。なぜかというに、その解説によって、読者が著者の本質を捉え、著者の他の本にも興味を持つことが最も望ましいからだ。

③解説は、それだけで一本のエッセイとして読めるような構成力を持っているべきである。いいかえれば、解説のみを読むためにその文庫を買うという読者がいるぐらいであることが理想的である。しかし、解説は解説者の私的エッセイであってはならない。

④解説は、著者を勇気づけて気持ちよくさせ、なおかつ読者をおもしろがらせる必要がある。たんなる著者へのおもねりはかえって読者をシラケさせる。

もちろん、これはジャンルとして歴史を経るうちにおのずと形成された理想像であり、私の解説がそうだなどと恥知らずなことを言おうというわけではない。むしろ、ここで列挙した規則から逸脱した解説ばかりだといったほうが正確だろう。しかし、それでも、自分の解説についてなにか言いうるとしたら、それは、ジャンルの文法に多少なりとも自覚的で、理想形に一歩でも近づくように努力しているということだろうか。

この意味で、私は自分を、職業的な意識をもって解説をしている人間、ひらたくいえばプロの解説屋だと思う。いや、そう思いたい。

この本を「解説屋稼業」と名付けたのは、こうした理由による、なお、蛇足ながら、「稼業」というのは決して卑下した言葉ではなく、その昔の宍戸錠の日活映画『殺し屋稼業』『ろくでなし稼業』『用心棒稼業』『助っ人稼業』の「”稼業”シリーズ」のプロ意識をレフェランスにしたものである。

最後になったが、解説ばかりを集めた本という私のコンセプトを理解し、それを出すのに最もふさわしい「ブック・オン・ブックス」の専門出版社である晶文社を紹介してくださったばかりか、編集作業まで引き受けてくださった山内直樹さん、それに、ひとこと、「それ、おもしろい」と言ってくださった晶文社の島崎勉さんと川崎万里さん、本当にありがとう。この場を借りて、心よりの感謝の言葉を伝えたい。

二〇〇一年六月十八日 鹿島茂
解説屋稼業 / 鹿島 茂
解説屋稼業
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • 発売日:2001-08-00
  • ISBN-10:479496496X
  • ISBN-13:978-4794964960
内容紹介:
著者はプロの解説屋である!?本を勇気づけ、読者を楽しませる鹿島流真剣勝負の妙技、ここにあり。

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