書評

『ノエル: -a story of stories-』(新潮社)

  • 2018/07/07
ノエル: -a story of stories- / 道尾 秀介
ノエル: -a story of stories-
  • 著者:道尾 秀介
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(365ページ)
  • 発売日:2015-02-28
  • ISBN:410135555X
内容紹介:
現実に立ち竦み、自分だけの〈物語〉を紡ぐ三人の男女。極上の技が輝く長編ミステリー。

ときに孤独を癒し、ときに心の闇を映す。物語がもつ力とその限界を描く三篇

道尾秀介の連作中篇集『ノエル』は、人がフィクション=虚構を生み出し続ける理由について書かれた小説だ。巻頭の「光の箱」の主人公・圭介は孤独を紛らわすため「火傷の痕に、ひたひたと氷を押し当てていくように」ノートに物語を綴っていく。圭介の母親は一人で家計を支えなければならず、息子に笑顔を見せる余裕がなかった。母親の辛さを、幼いなからに彼は察知していた。心の中に湧き上がってくる思いは、文字にしていく以外に吐き出すすべがなかったのだ。

だが中学生になり、彼は物語を捨ててしまう。小学校のころからあったいじめが肉体的な暴力を伴うものになり、彼からすべてを奪ったのだ。「毎朝、校舎の玄関を入るとき、自分の心を見えない刑務所に閉じ込め」るようになり、圭介の内部は虚ろになっていく。

そんな圭介の前に現れ、救いの手を差し伸べてくれたのがクラスメイトの弥生だった。「何かあっても、絵を描いていると忘れられる」という彼女に請われ、圭介は絵本の合作を始める。二人だけの共同作業は続き、やがて不恰好ながらも一冊の絵本ができあがる。

物語が人の心を救う、というのは実は甘い幻想だ。圭介がそうであったように、心から完全に光が失われたとき、人はノートを開こうとする気力さえも持てなくなってしまうのだから。作者の誠実さが、このエピソードをあえて書き込んだ点に現れている。

二篇目の「暗がりの子供」は、妹が生まれてくることになった少女が、母親が自分の方を振り向いてくれなくなったことを哀しみ、まだ見ぬきょうだいを妬み、心の中に暗い物語を育てていく話だ。本書の中では何篇かの童話が作中作として用いられている。登場人物たちの心の中に生まれてしまった負の物語と対照させるのが作者の目的だろう。物語はそれ自体が無条件に良いものなのではなく、魔の途に人間を誘うこともあるということである。

「光の箱」でも、物語は万能の魔法にはならない。道尾秀介は、どんな場合でも必ず現実の重い桎梏(しっこく)を描く作家だからだ。彼の『球体の蛇』『光媒の花』といった質感のある青春小説は、そうした制約があったからこそ光輝を放つ傑作になった。

また、現実を上回る虚構の力を得るために主人公たちが黙契(もっけい)を交わす話といえば直木賞受賞作の『月と蟹』などの作品が連想されるが、そこでもやはりフィクションは現実を吹き飛ばすほどの力はないということが明示されていた。しかし現実に歯が立たず、敗北したからといってそこですべてが終るわけではない。絶えることなく生み続けられるフィクションは、いつでも現実との闘いのための足場となりうる。それを信じて、道尾のような作家は小説を書き続けるのだ。
ノエル: -a story of stories- / 道尾 秀介
ノエル: -a story of stories-
  • 著者:道尾 秀介
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(365ページ)
  • 発売日:2015-02-28
  • ISBN:410135555X
内容紹介:
現実に立ち竦み、自分だけの〈物語〉を紡ぐ三人の男女。極上の技が輝く長編ミステリー。

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初出メディア

週刊現代

週刊現代 2012年11月10日号

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