書評

『水の柩』(講談社)

  • 2019/11/30
水の柩 / 道尾 秀介
水の柩
  • 著者:道尾 秀介
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2014-08-12
  • ISBN-10:4062778319
  • ISBN-13:978-4062778312
内容紹介:
「タイムカプセルの手紙、いっしょに取り替えない?」。中二の逸夫が同級生から頼まれたこと。大切な人達へ、少年は何ができるのか。

日常に抗う少女と少年の小さな企て 人の成長と再生を描いた鮮烈な物語

天が泣くと書いて天泣(てんきゅう)。晴れた空から降ってくる雨のことをいうそうだ。道尾秀介『水の柩』の冒頭すぐに出てくる言葉である。雨滴を「あましだり」と読ませる箇所もある。雨はやがて川へと流れこむ。主人公・吉川逸夫(よしかわいつお)の両親は、川縁に建つ旅館を経営している。とうとうと流れる川の眺めは、逸夫にとってはごく親しいものである。その岸辺に、逸夫の同級生である木内敦子がやってくる。

逸夫と敦子は中学二年生だ。小学校を卒業するとき、全員が二十年後の自分に向けて手紙を書いた。逸夫のそれはなんとも平凡な文面である。いつかは両親の跡を継いで旅館の経営者になるのかもしれない。しかし、そういう未来に思いを巡らしてもきちんと像を結ぶことはない。淀んだような日常を逸夫は生きている。敦子はそうではない。母と幼い妹との三人家族で暮らす彼女は、重いものを自らの中に溜めこんでしまった。日常の中に捌け口はなく、二十年後の自分に向けた手紙の中にそれを封じ込めることを彼女は選んだ。

同じ風景に接しているのに二人に見えているものがまったく違うということが、雨の景色を通じて読者に告げられ、切ない気持ちにさせられる。この二人が、成り行きから一つの企てをすることになるのである。

水のように、という言い方は自然体であることを示す上でもっとも妥当な表現だろう。雨のように、川のように、高いところから低いところへと落ち、流れていく。そんな小説だ。

雨滴は集まって一つの流れになったときに初めて水としての性質を露わにしてくる。本書の展開もそれに似ており、逸夫の祖母であるいくがどのような役割を担っているのか、などといった小説の構成要素には序盤では茫洋とした輪郭しか与えられていない。形が現れるのを、息をひそめて待つしかないのだ。

本書は題名が暗示するように、過去の埋葬ということに意味が与えられた小説でもある。現在という時間が流れて去り、過去となったときに初めて見えてくるものがあるということなのだ。背景に巨大なダム湖を抱えた温泉郷という舞台は、ごくありふれた日本の風景だ。この景色もまた、時間の流れの中でうつろい、変貌していく。留めることのできない時間の流れを作者は意識していて、そのまばゆさを表現しようとしている。鮮烈な小説だった。
水の柩 / 道尾 秀介
水の柩
  • 著者:道尾 秀介
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2014-08-12
  • ISBN-10:4062778319
  • ISBN-13:978-4062778312
内容紹介:
「タイムカプセルの手紙、いっしょに取り替えない?」。中二の逸夫が同級生から頼まれたこと。大切な人達へ、少年は何ができるのか。

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初出メディア

週刊現代

週刊現代 2011年11月12日

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