解説
『ヰタ・セクスアリス』(新潮社)
早熟な天才が、たんにそれだけで終らぬための抗抵の軌跡
1909(明治42)年2月から森鴎外は、突然再び小説を書き出した。「夏目金之助君」の小説に「技癢(ぎよう)」を感じた。流行の自然主義小説には感心しなかったが「面白がることは非常に面白がった」。さまざまな理由はあるにしろ、2年前の晩秋、陸軍軍医総監という最高位に就任した事実は見逃せない。
1881年、東京大学医科大学を卒業したとき彼は19歳だった。卒業生28人の平均年齢25歳、成績8位の鴎外より席次ひとつ下の小池正直は26歳だった。その小池が鴎外の前任総監である。長く違和を味わいつづけた年次と年齢のギャップから、鴎外は46歳にして解放された。そうして書いた『ヰタ・セクスアリス』は発禁になったが、おのれの後半生のありかたを作品に示した彼は意に介さなかった。
内容解説
哲学講師の金井湛(しずか)君は、かねて何か人の書かないことを書こうと思っていたが、ある日自分の性欲の歴史を書いてみようと思いたつ。6歳の時に見た絵草紙の話に始まり、寄宿舎で上級生を避け、窓の外へ逃げた話、硬派の古賀、美男の児島と結んだ三角同盟から、初めての吉原行の経緯まで。科学者の冷静さで淡々と描いたこの自伝体小説の掲載誌「スバル」は発禁となり、世論をわかせた。【この解説が収録されている書籍】
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