書評

『出版と政治の戦後史 アンドレ・シフリン自伝』(トランスビュー)

  • 2018/08/01
出版と政治の戦後史 アンドレ・シフリン自伝 / アンドレ・シフリン
出版と政治の戦後史 アンドレ・シフリン自伝
  • 著者:アンドレ・シフリン
  • 翻訳:高村 幸治
  • 出版社:トランスビュー
  • 装丁:単行本(353ページ)
  • 発売日:2012-09-05
  • ISBN-10:4798701297
  • ISBN-13:978-4798701295
内容紹介:
ナチの迫害、アメリカへの亡命、貧困、赤狩り、戦争、さらには自ら選んだ出版界の絶望的な変質――幾多の試練を乗り越え、米国とヨーロッパの知的世界を結び、人間精神の輝きを数多の書物に結晶させた、稀有の出版人の自伝。

理想を追い続ける編集者の志

2代にわたり出版者として名を馳(は)せたシフリン親子の、息子による回想記である。父は第2次大戦前、フランスで大作家たちの厚い信任を得ていた。しかしユダヤ人迫害を避けてアメリカに亡命。著者は、アメリカ人としてのアイデンティティを疑わずに育つ。だが徐々にヨーロッパの良き知的伝統に引かれ、アメリカに対する批判的視点を身につけていった。

出版文化の第一線を渡りあるいてきた人だけに、話題は実に豊富だ。ジッドからフーコーまで、フランス人作家たちの印象記も興味深いし、戦後アメリカが「赤狩り」の時代の言論統制を経て、反体制運動の開花を迎えるまでの描写も迫力がある。

そして何といっても圧巻は、そうした過去を踏まえて展開される現代の出版状況への批判である。アメリカの資本主義は近年、完全に「変質」してしまった。コングロマリットの支配は「利潤の最大化」のみを是とする「新しいイデオロギー」をもたらした。その影響をもろに被っているのが出版界と新聞等の活字メディアなのだ。

欧米では過去100年、出版界の年間利益は「三、四パーセント」でよしとする伝統があった。それが大企業による合併戦術の渦の中で、10から20パーセントを求めるのが当然という発想が生じてきた。無茶(むちゃ)な目標設定によって、出版文化は荒廃する一方である。しかもその状況に異を唱える者たちに対する圧力も強まっている。

「歴史上はじめて、思想がその重要性ではなく、潜在的収益性によって審判されることとなった」。だが著者は嘆くばかりではない。五十過ぎにして古巣を追われても挫(くじ)けず、理想の出版活動をつらぬくべく小規模な会社を立ち上げ、みごとに成功させたのである。

そこに浮かび上がる、志を持った文化人としての出版者像には、本を愛する者なら誰しも胸が熱くなるだろう。グローバリゼーションの時代、日本の状況もまったく同じである。ということはシフリンに倣って活路を開く余地は十分にあるはずだ。本を出すかどうかの最終判断が「営業や財務関係者に委ねられる」のはおかしい、という考え方を著者は守り抜く。爽快な編集者魂が、何とも感動的な一巻である。
出版と政治の戦後史 アンドレ・シフリン自伝 / アンドレ・シフリン
出版と政治の戦後史 アンドレ・シフリン自伝
  • 著者:アンドレ・シフリン
  • 翻訳:高村 幸治
  • 出版社:トランスビュー
  • 装丁:単行本(353ページ)
  • 発売日:2012-09-05
  • ISBN-10:4798701297
  • ISBN-13:978-4798701295
内容紹介:
ナチの迫害、アメリカへの亡命、貧困、赤狩り、戦争、さらには自ら選んだ出版界の絶望的な変質――幾多の試練を乗り越え、米国とヨーロッパの知的世界を結び、人間精神の輝きを数多の書物に結晶させた、稀有の出版人の自伝。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2012年9月30日

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