書評

『下中彌三郎: アジア主義から世界連邦運動へ』(平凡社)

  • 2020/07/05
下中彌三郎: アジア主義から世界連邦運動へ / 中島岳志
下中彌三郎: アジア主義から世界連邦運動へ
  • 著者:中島岳志
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2015-03-20
  • ISBN-10:4582824749
  • ISBN-13:978-4582824742
内容紹介:
戦前・戦中に熱烈な超国家主義者であった下中彌三郎は、なぜ戦後、絶対平和の立場を貫いたのか!?「エタイの知れぬ怪物」と評された下中の生涯に迫る! 平凡社の創業、日本初の本格的百科事典の刊行、大正期の労働運動や、啓明会、池袋児童の村小学校での自由教育運動、アジア主義、世界連邦運… もっと読む
戦前・戦中に熱烈な超国家主義者であった下中彌三郎は、
なぜ戦後、絶対平和の立場を貫いたのか!?
「エタイの知れぬ怪物」と評された下中の生涯に迫る!


平凡社の創業、日本初の本格的百科事典の刊行、大正期の労働運動や、
啓明会、池袋児童の村小学校での自由教育運動、アジア主義、
世界連邦運動、絶対平和主義……。
数々の団体・運動を主宰し、日本の近現代史をめまぐるしく駆け抜けた下中は、
時に「遊動円木」と揶揄されるほど、右派/左派に激しくぶれ、
思想的一貫性のない日和見主義と考えられてきた。
しかし、いままで語られることのなかった下中の「一貫性」にこそ、
現代の日本にも通じる危うさが含まれているのではないか。
超国家主義と平和主義が連続してつながる「ユートピア的楽土の追求」という地平を、
下中の生涯を通じて描き出す。


「私が描きたいのは、多くの人たちが捉え損なってきた下中の一貫性である。彼を右派/左派という枠組みで捉えようとすると、必ず彼はそこから零れ落ちてしまう。結果、「無理論」で「ゴッチャ」な人物という評価が与えられてしまう。問題は下中にあるのではなく、下中を分析する枠組みにある。
下中は膨大な量の論考を発表し、数々の団体を組織している。その全体像を把握するだけでも、途方もない作業が必要になる。しかし、困難や労力を引き受けてでも、下中の生涯を明らかにすることには意味がある。彼の人生から普遍的な課題を抽出することが、本書の目的である。平凡社創業者の偉人伝や成功譚を書くつもりはない。(略)
本書は私にとって、下中彌三郎との闘いの軌跡である。下中の危うさを乗り越えることは、私の思想課題に直結する。(略)その作業は、不安定で見通しのきかない時代に生きる我々にとって、必要不可欠のものである。」(「はじめに」より)

透明で一元化した理想郷の危うさ

勇気ある本だ。それは、平凡社の創業者である下中彌三郎の評伝を当の平凡社から出すにあたって、ときには厳しい批判の目を向けながら、一切の留保なしにその正と負の言動を描いたからではない。つかみどころのない下中彌三郎が残した膨大な文章にねばり強くつきあい、いわば包摂しながら批評しようと、途方もない労力をかけた作品だからだ。私にはその姿勢は、ヘイト的な言説を吐き散らす者の言葉に根気よく耳を傾け、その人を受け入れつつ批判しているのと同じ姿に見える。

支離滅裂すぎて誰もが評伝を書くことを断念したという下中の言葉は、確かにめまいをもたらす。例えば、徹底した男女の平等を説きながら、それは厳格な役割分担のもとでこそ実現できるという。日露戦争を、日本の平和のために必要な戦争だとあおりながら、一方で戦争の暴力性を糾弾する。生涯にわたる思想の遍歴が左右に激しく往還するだけでなく、矛盾して同時には成り立ちえない主張を、エキセントリックに展開する。

中島岳志は、その矛盾をカッコにくくって、下中の情熱がどこを目指しているかを見極める。それは一種のユートピア志向である。誰もが隠しごとを持たない「透明な」人間関係をベースとしたヒエラルキーなき共同体が、天皇の大御心によって実現していくというビジョンである。中島は、すべてが一元化された平等への意志を下中に感じ取り、それが戦前のアジア主義に埋め込まれたつまずきの石であることを批判する。

貧困からのし上がった下中には、特権階級への憎悪と、最下層への共感があったように思う。均質な理想世界への欲望とは、いい目を見た者たちを没落させたいという復讐心でもあったかもしれない。その真摯さと欺瞞に全身全霊でつきあって批判する中島の態度は、今の対立社会を中和させるための重要なヒントとなるだろう。
下中彌三郎: アジア主義から世界連邦運動へ / 中島岳志
下中彌三郎: アジア主義から世界連邦運動へ
  • 著者:中島岳志
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2015-03-20
  • ISBN-10:4582824749
  • ISBN-13:978-4582824742
内容紹介:
戦前・戦中に熱烈な超国家主義者であった下中彌三郎は、なぜ戦後、絶対平和の立場を貫いたのか!?「エタイの知れぬ怪物」と評された下中の生涯に迫る! 平凡社の創業、日本初の本格的百科事典の刊行、大正期の労働運動や、啓明会、池袋児童の村小学校での自由教育運動、アジア主義、世界連邦運… もっと読む
戦前・戦中に熱烈な超国家主義者であった下中彌三郎は、
なぜ戦後、絶対平和の立場を貫いたのか!?
「エタイの知れぬ怪物」と評された下中の生涯に迫る!


平凡社の創業、日本初の本格的百科事典の刊行、大正期の労働運動や、
啓明会、池袋児童の村小学校での自由教育運動、アジア主義、
世界連邦運動、絶対平和主義……。
数々の団体・運動を主宰し、日本の近現代史をめまぐるしく駆け抜けた下中は、
時に「遊動円木」と揶揄されるほど、右派/左派に激しくぶれ、
思想的一貫性のない日和見主義と考えられてきた。
しかし、いままで語られることのなかった下中の「一貫性」にこそ、
現代の日本にも通じる危うさが含まれているのではないか。
超国家主義と平和主義が連続してつながる「ユートピア的楽土の追求」という地平を、
下中の生涯を通じて描き出す。


「私が描きたいのは、多くの人たちが捉え損なってきた下中の一貫性である。彼を右派/左派という枠組みで捉えようとすると、必ず彼はそこから零れ落ちてしまう。結果、「無理論」で「ゴッチャ」な人物という評価が与えられてしまう。問題は下中にあるのではなく、下中を分析する枠組みにある。
下中は膨大な量の論考を発表し、数々の団体を組織している。その全体像を把握するだけでも、途方もない作業が必要になる。しかし、困難や労力を引き受けてでも、下中の生涯を明らかにすることには意味がある。彼の人生から普遍的な課題を抽出することが、本書の目的である。平凡社創業者の偉人伝や成功譚を書くつもりはない。(略)
本書は私にとって、下中彌三郎との闘いの軌跡である。下中の危うさを乗り越えることは、私の思想課題に直結する。(略)その作業は、不安定で見通しのきかない時代に生きる我々にとって、必要不可欠のものである。」(「はじめに」より)

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2015年05月10日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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