書評
『ボローニャ紀行』(文藝春秋)
理屈抜き、つい、つい、行きたくなる
かつて「ローマの休日」という映画があった。オードリー・ヘプバーンを一躍銀幕の大スターにおしあげた名作であったが、それとはべつに、――ローマの観光案内として関係者にはこたえられないだろうな――
と思った。あの映画によりローマ旅行の夢を膨らませた人は多かったろう。
『ボローニャ紀行』を十数ページ読んで同じ思いを抱いた。手法はもちろん映画と異なるが、とにかくおもしろい。
“長靴型の半島は男の脚か女の脚か”と問いかけたり、腕ききの泥棒に襲われたり、脚よりアタマに話題が集まるサッカーの名選手フランチェスコ・トッティについて秀逸なジョークを紹介したり、ついでに中田英寿選手への思いを伝えたり、まことに多彩で、技が冴(さ)えている。
著者は30年このかたボローニャへの敬愛を抱き続け、それだけに知識の深さは半端ではない。
なぜそんなに好きなのか。読み進むにつれ、この都市の歴史、特異性、演劇への関心の深さ、その背後に潜む“みんなで住みよい街を作っていく”という精神が例示されていく。ボローニャ方言で語られ歌われる笑劇が、いつのまにか“アメリカのグローバリゼーションに対抗するには地元の(小さな街々の)文化しかない”という主題を明らかにしていく。
ボローニャはナチスと戦い、市民の手で解放を勝ちえた、という輝かしい歴史を持つ都市だ。その後の民生にはボローニャ方式と呼ばれる筋金入りの理念が作用していたらしい。一に家族、二に友だち、三にわが街、なにかと言えば、志を持つ者が集まって協同組合を作り、みんなで難問を解決していく。それがなぜか、この都市ではしなやかに実現されていく。女性の役割を重んじ、保育所を充実させ、職人の技を誇り、街の歴史的景観を見捨てない。
地方の町づくりをどう考えるか、しかつめらしい理屈ではなく、著者のユーモアと確かな筆致が読む者を楽しませてくれる。つい、つい、ボローニャへ行きたくなってしまう。
朝日新聞 2008年4月6日
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