書評
『コメの話』(新潮社)
コメ問題Q&A
知識人の宿題とは内外に生起する、人々に切実な影響ある物事について、これはこうだと解説し、より良き道を探索、提起することであろう。残念ながら、この国では宿題をやってこないインテリが多い。その中で井上ひさし氏は、国鉄、コメ、国保――彼がいうところの3K――が国民の生活の基盤でありながら、政府や企業によって切り捨てられ、あるいは食いものにされていることについて、マスコミの中では孤軍奮闘といった感じで警鐘を鳴らしつづけてきた。文庫という軽(かろ)やかな形で提供された『コメの話』(新潮文庫)。私はこれは日本人の必読文献だと思う。未読の方はぜひ読まれたい。
マスコミは多く自由化へ論調が傾いている。「声の欄」は商業紙では記者の記事よりまともな意見がのることが多いが、残念ながらここでも、「文化としてのコメを守れは感傷的」「日本の豊かな生活は自由貿易体制あってのもの」「保護漬けの農家は甘えている」など「自由化」に傾いている。
井上さんは第一にコメは高くない、という。四人家族で一日に食べるコメの値段は二〇四円。いまアンパン一つでも一二〇円するのだ。主食の二〇四円を高いというより住居費、教育費が安くなる方がずっといい。月の米代七千円程度、家賃十四万払っている私もじつにそう思う。
第二にアメリカのコメは本当に安いのか、うまいのか、についても徹底検証している。中小農家をつぶし農業商社(アグリビジネス)化した実態、ニクソン戦略にもみられる農作物売り付けの手口。そうした農法が、アメリカの地下水をダメにし表土の流失や塩害をひき起こしてきたことを例証する。
第三に、そのことからも、天候に左右される生きモノである農作物をそもそも輸出入できるのか、と井上さんは疑問をなげかける。輸入に依存すれば産地が不作のときどうするのか、遠距離輸送のためのポストハーベスト農薬もこわい。「人間は自分や近所の人が食べると思えば完全でうまいものを作るに決っている」。これも正論だと思う。
第四に、工業は自然の恵みを利用してモノをつくり排水やCO2を出すが、農業は反対だ。農林業の持つ国土保全機能は年間三十七兆円分。きれいな水も、緑も、空気も、水害が起らないのも農業のおかげなのである。
といったことが、ユーモアとレトリックの妙味で語られ、私は何度も爆笑した。ややこしい話をわかりやすく、だけでも大変なのにこんな面白いとは。めったにない本だ。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

高校のひろば(終刊) 1993年春
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