書評

『とくとく歌仙』(文藝春秋)

  • 2017/10/19
とくとく歌仙 / 丸谷 才一,井上 ひさし,大岡 信,高橋 治
とくとく歌仙
  • 著者:丸谷 才一,井上 ひさし,大岡 信,高橋 治
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(293ページ)
  • 発売日:1991-11-01
  • ISBN-10:4163457305
  • ISBN-13:978-4163457307
内容紹介:
歌仙形式の連句は、いま最高におしゃれな知的ゲームだ。才気とユーモアと詩情が一座にみちる。句に句をつらね、季節をめぐり、物語をつくる。
今年の春、生まれて初めて歌仙というものを体験した。五七五の発句に始まり、その後七七、五七五、七七……と句を連ねてゆくのが連句。そのうち三十六句連ねるものを、三十六歌仙にちなんで「歌仙」と呼ぶ。

前の人の句を受け、どう展開させるか。自分の句を次の人が、どう受けてゆくのか。互いの付けかたの微妙な綾を味わいつつ、参加者全員で一つの作品に仕上げてゆく――と、こう書くといかにも楽しそうだが、実際はトンデモナイ。言葉選びに苦しむあまり頭のなかが醱酵して、息もたえだえ、という感じだった。

本書には、山中温泉かよう亭で、四回にわたって巻かれた歌仙(歌仙は「する」とか「作る」とか言わずに「巻く」と言います。なんとも雅びな語感……)と、それぞれの歌仙についての座談会が収められている。

私のような初心者は、歌仙の部分だけを読んだのでは、その味が今ひとつわからない。

なんといってもその後の座談会が、ぞくぞくするほどおもしろかった。

句と句の間では、一時間以上の長考も珍しくない。その途中で考えられたことや、改作の過程、さらにはボツになった句までが披露される。そして、前の句のここを受けて、こんなふうに世界を広げて、ずらして、加味してこうなった――というようなことが、まさに「とくとく」と語られる。

歌仙には、さまざまな決まりがあって、それをクリアするだけでも、結構たいへんだ。

第三句は「て」か「らん」で留めなくてはならない、「月」と「花」の句はここで必ず登場、始めの六句には名所・国・神祇・恋・無情・懐旧などを詠んではだめ、春と秋の句は最低三句続けること、夏と冬は一句で切る、前の句と発想が同じでは困るが対比がきつすぎてもよくない……。細かいことはまだまだあって、その規則のなかで、調和と飛躍とを実現しようというのだから、これはもう言葉のウルトラCの世界なのである。

だからこそ、ぴたっときまった時の快感も大きい。一座を唸らせるような見事な句ができた時の喜びというのは、妙なたとえだが、麻雀をしていて役満であがったような感じではないだろうか。歌仙は、文学であると同時に知的ゲームである。知的ゲームは、規則が複雑で細かいほうが、おもしろい。

その醍醐味を、あますところなく教えてくれる一冊だった。

【この書評が収録されている書籍】
本をよむ日曜日 / 俵 万智
本をよむ日曜日
  • 著者:俵 万智
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • 発売日:1995-03-01
  • ISBN-10:4309009719
  • ISBN-13:978-4309009711
内容紹介:
大好きな本だけを選んで、読んだ人が本屋さんへ行きたくなるような書評を書きたい-朝日新聞日曜日の書評欄のほか、古典文学からとっておきのお気に入り本まで、バラエティ豊かに紹介する、俵万智版・読書のススメ。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

とくとく歌仙 / 丸谷 才一,井上 ひさし,大岡 信,高橋 治
とくとく歌仙
  • 著者:丸谷 才一,井上 ひさし,大岡 信,高橋 治
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(293ページ)
  • 発売日:1991-11-01
  • ISBN-10:4163457305
  • ISBN-13:978-4163457307
内容紹介:
歌仙形式の連句は、いま最高におしゃれな知的ゲームだ。才気とユーモアと詩情が一座にみちる。句に句をつらね、季節をめぐり、物語をつくる。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞

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