書評

『ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」』(みすず書房)

  • 2018/10/16
ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」 / ジェイムズ・Q・ウィットマン
ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」
  • 著者:ジェイムズ・Q・ウィットマン
  • 翻訳:西川 美樹
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2018-09-04
  • ISBN-10:4622087251
  • ISBN-13:978-4622087250
内容紹介:
アメリカの人種法と市民権法がニュルンベルク法を生み出した。合衆国がジェノサイド政策に与えた影響を、丹念に掘り起した画期的業績

負の感情がもたらす末路を警告

ユダヤ人を迫害し強制収容所に追いやったナチスの悪名高い「ニュルンベルク法」は、アメリカの人種差別法を参考にしていた! 耳を疑う事実を検証する、画期的な業績だ。

著者ウィットマンは、アメリカ人で比較法が専門。ニュルンベルク党大会を準備する、一九三四年六月の重要会議に注目した。司法大臣や党幹部が論争した議事録を読み解く。

ヒトラーは『わが闘争』で、ユダヤ人排撃を声高に叫んでいた。三三年一月、他の右翼や保守派に推され、前年の選挙で第一党となったナチスから首相に就くと、たちまち本性を現し、二月に国会議事堂に放火して反対派を弾圧。三月には全権委任法で独裁者となった。ユダヤ人迫害を実行に移す準備が、この会議だ。

法律の骨子は二つ。ユダヤ人とドイツ人の結婚を無効とし、犯罪として処罰する。ユダヤ人を、国籍だけで市民権のない二級市民にする。ユダヤ人差別はヨーロッパでありふれていた。だが立法は初めてだ。

先例はあるか。探すとアメリカに類例が見つかった。有色人種(黒人)との結婚を禁じ、刑事罰も科す。国籍はあっても読み書きテストなどで投票権を与えない。学校、レストランや待合室などを別々に隔離。日本人と結婚した白人女性は市民権を失うとする州法もあった。南北戦争後、州ごとにさまざまな人種差別法ができていた。

ヒトラーはアメリカに好意的だった。《数百万人のインディアンを銃で撃ち殺して数十万人まで減らし》たやり方を賛美した。だがアメリカの法律のままでは具合が悪かった。ユダヤ人が白人に分類されている。黒人と白人の子をすべて黒人に分類するのも、範囲が広すぎる。ドイツにはユダヤ人の血を一部ひく人びとも多く、全員をユダヤ人にはできなかったのだ。

なるべくユダヤ人の範囲を広くしたいナチス急進派と穏健派との間で論争になった。実際の法律はこうなった。祖父母四人のうち三人以上がユダヤ人ならば、本人はユダヤ人である。四人のうち二人なら、本人がユダヤ教徒かユダヤ人と結婚していれば、ユダヤ人とみなす。結婚によって権利が左右される点がアメリカの例と似ている。

この線引きでユダヤ人を定義し、市民権を奪おう。立法当初はこれが「決定的な解決」で、国外追放の予定だった。あとでそれが「最終的な解決」に変わり、収容所と殺害の意味になった。それを仕切った人びとも、この会議に出席していた。

アメリカはナチスと戦って打ち倒した、自由と民主主義の旗手のはずだ。その輝かしいアメリカが、ナチスの人種差別法にヒントを与えたのか。その事実は否定できない。公民権運動が成果をあげるまで、アメリカは克服できない人種差別にもがいていた。KKK(クー・クラックス・クラン)は黒人をリンチで虐殺した。ナチスの突撃隊がユダヤ人を襲撃したのと同じころだ。白人至上主義は現在も、不気味に伏流している。

トランプ政権が誕生した。市民社会の装いの下で、移民排斥など負の感情が鬱積していることが明らかになった。各国で極右が頭をもたげている。ナチスは、ユダヤ人との混血が優秀なドイツ民族を脅かしている、と防衛本能に訴える妄想だった。グローバル化は異質なものと同居するので、ストレスが増す。それを妄想でもいいから解消したいというエネルギーは、かつてないほど高まっている。それが政権と結びつき法律になるとどんな末路が待ち受けるか。本書はそれを警告してくれる。
ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」 / ジェイムズ・Q・ウィットマン
ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」
  • 著者:ジェイムズ・Q・ウィットマン
  • 翻訳:西川 美樹
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2018-09-04
  • ISBN-10:4622087251
  • ISBN-13:978-4622087250
内容紹介:
アメリカの人種法と市民権法がニュルンベルク法を生み出した。合衆国がジェノサイド政策に与えた影響を、丹念に掘り起した画期的業績

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年10月7日

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