書評

『スパルタを夢見た第三帝国 二〇世紀ドイツの人文主義』(講談社)

  • 2024/10/08
スパルタを夢見た第三帝国 二〇世紀ドイツの人文主義 / 曽田 長人
スパルタを夢見た第三帝国 二〇世紀ドイツの人文主義
  • 著者:曽田 長人
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(280ページ)
  • 発売日:2021-12-09
  • ISBN-10:406526541X
  • ISBN-13:978-4065265413
内容紹介:
ヒトラーは、古代スパルタを「歴史上、最も明らかな人種国家」として称揚した。優生学に基づいた人種主義政策をはじめ、いわゆる「スパルタ教育」に範をとった教育政策、「北方人種」神話、さ… もっと読む
ヒトラーは、古代スパルタを「歴史上、最も明らかな人種国家」として称揚した。優生学に基づいた人種主義政策をはじめ、いわゆる「スパルタ教育」に範をとった教育政策、「北方人種」神話、さらに「祖国に殉ずる死」の美化にいたるまで、第三帝国の政策には、さまざまな形でスパルタが影を落としている。「スパルタ」は国家社会主義者にとって一種の合言葉であった。
日本ではほとんど紹介されることのなかった、第三帝国におけるスパルタ受容の諸相を明らかにし、そのような事態を前に、人文主義者と呼ばれる古代ギリシア・ローマの学者たちが、ナチズムとどのように対峙したのかを描き出す、かつてない試み!

「優れた詩人、哲学者、音楽家を輩出した文化大国のドイツが、なぜナチズムのような危険思想の台頭を許したのか?」 第二次世界大戦後にナチス・ドイツの蛮行が明らかになって以来、いまだ答えの出ない問いである。
著者は、ドイツ人が18世紀後期以降、古代ギリシアに抱いた特別な愛着にその答えを求める。日本がユーラシア大陸の高い文化を輸入して自国の文化や国家を形成していったように、ドイツは、古代ギリシア・ローマを熱心に探究することで、独自の文化や国家を形成していった。これらの研究・教育に携わる人々は「人文主義者」と呼ばれた。
失業と貧困に喘ぐヴァイマル共和国の下、古代ギリシアに対するシンパシーのモデルが、アテナイからスパルタに転じた時、人文主義者たちにも大きな転換点が訪れる。彼らは、スパルタを模範に据えたナチズムといかに向き合ったのか。研究に没頭することで傍観した者、人文主義存続のために協調した者、学問の自由を賭けて抵抗した者――三人の人文主義者の生き方を通して、人文主義とナチズム、さらに学問と国家のかかわりを問い直す意欲作!

【本書の内容】

第1部 人文主義者とナチズムーー傍観、協調、抵抗
第一章 傍観:イェーガー――「政治的な人間の教育」
第二章 協調:ハルダー――人間性の擁護から人種主義へ
第三章 抵抗:フリッツ――「学問・大学の自由」の擁護
補 論 古典語教師の往復書簡に見るナチズムへの傍観
第2部 第三帝国におけるスパルタの受容
第一章 スパルタについて
第二章 ナチズムの世界観・政策とスパルタ
第三章 第三帝国のスパルタ受容に対する国外での賛否
第四章 第三帝国のスパルタ受容に対する国内での批判
第3部 第二次世界大戦後の人文主義者
第一章 イェーガー――人文主義からキリスト教へ
第二章 ハルダー――人種主義からオリエンタリズムへ
第三章 フリッツ――「学問・大学の自由」の擁護から啓蒙主義へ
結 語
注/文献目録/初出一覧
あとがき

国家と学問の関係を問い直す

アテネから西南方面にバスで3時間半ほど行くとスパルタに着く。ひなびた町であり、これがあの古代ギリシアの二大強国の一つかと目を疑いたくなる。文化活動を軽んじ、ひたすら軍事訓練に心したスパルタだったが、その栄光は同時代の人々でなければ感じられないものだったのだろうか。

オリーブ畑に囲まれたスパルタ遺跡に向かう途中で大きなレオニダス王の立像を仰ぎ見る。紀元前四八〇年、ペルシア軍との戦いで三〇〇人の兵士を率いて玉砕したスパルタ王を記念したもの。いくども映画化され、印象深い。

ところで、一九四三年のナチスの国際宣伝雑誌『シグナル』の冒頭には、この立像の原像とおぼしき写真が「ヨーロッパを守る盾」として載せられている。ドイツ兵を鼓舞するためにスパルタ兵の奮戦を想起させようとしたのだろう。

第一次大戦後、民主主義にもとづくヴァイマル共和国が成立した。しかし、多額の賠償金、大インフレ、貧富差の増大、中産階級の貧困化、小党分立による安定政権の欠如、政治的テロなどがうずまき、共和国への不満と戦勝国への雪辱感が強まるばかりだった。

このような経済的停滞と政治的混乱とともに爛熟した文化が見られ、民主主義・資本主義を装う内外の敵には、アテナイ民主主義が投影されていた。そもそも、18世紀後期以降のドイツ人は古代ギリシアに大きな愛着を寄せてきた。しかも、このような古典主義への関心は、主にドイツとアテナイとが親縁にして類似しているという意識にもとづくものだった。

しかしながら、ヴァイマル期の混乱と停滞は社会や国家を改造する機運を創り出し、ナチスが登場する。その改造の梃子となるのがスパルタを規範とする施策であった。この時期に生まれた作家は、第三帝国下の学校での経験を回顧する。「私は我々に紹介された理想、つまり古代のスパルタ・における子供の教育のことを、はっきりと覚えている。この理想は、国粋主義を奉じる教師によって感激と共に我々の眼前に繰り広げられた。例は巧みに選ばれた。つまり一方で小さいスパルタは、経済的には強力だが根本において腐敗している(アテナイなど)民主主義(国家)に囲まれ、軍事教育を受けた自らの若者の力だけを頼りにした。他方で(第一次世界大戦での)敗北の屈辱に苦しみ敵に囲まれた戦後のドイツは、(スパルタ市民と)似た、死を軽蔑する若者を教育した場合のみ、この恥辱を雪(すす)ぐことができた」

これと同時に、古典古代の教養を軸としてきた人文主義は、岐路に立たされた。それまで「人間と文化を介してドイツとアテナイの親縁性」が強調されてきたのに、第三帝国のスパルタ受容をきっかけに「人種を介したゲルマン人とスパルタ人の親縁性」が重んじられるようになったのだ。ナチ政権の理想に人文主義者たちはどう対峙すべきか、決断を迫られた。

研究に没頭して傍観したW・イェーガー、人文主義保護のためにナチスに協調したR・ハルダー、学問と大学の自由のために抵抗したK・V・フリッツ。本書の大半は、これらの人文主義研究者の見解を整理しながら、国家と学問の関係を問い直すことに割かれている。このような意欲ある議論がなされる背景に、なによりも社会の底流に浮沈する人々の夢があったことは今さらながら驚きである。
スパルタを夢見た第三帝国 二〇世紀ドイツの人文主義 / 曽田 長人
スパルタを夢見た第三帝国 二〇世紀ドイツの人文主義
  • 著者:曽田 長人
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(280ページ)
  • 発売日:2021-12-09
  • ISBN-10:406526541X
  • ISBN-13:978-4065265413
内容紹介:
ヒトラーは、古代スパルタを「歴史上、最も明らかな人種国家」として称揚した。優生学に基づいた人種主義政策をはじめ、いわゆる「スパルタ教育」に範をとった教育政策、「北方人種」神話、さ… もっと読む
ヒトラーは、古代スパルタを「歴史上、最も明らかな人種国家」として称揚した。優生学に基づいた人種主義政策をはじめ、いわゆる「スパルタ教育」に範をとった教育政策、「北方人種」神話、さらに「祖国に殉ずる死」の美化にいたるまで、第三帝国の政策には、さまざまな形でスパルタが影を落としている。「スパルタ」は国家社会主義者にとって一種の合言葉であった。
日本ではほとんど紹介されることのなかった、第三帝国におけるスパルタ受容の諸相を明らかにし、そのような事態を前に、人文主義者と呼ばれる古代ギリシア・ローマの学者たちが、ナチズムとどのように対峙したのかを描き出す、かつてない試み!

「優れた詩人、哲学者、音楽家を輩出した文化大国のドイツが、なぜナチズムのような危険思想の台頭を許したのか?」 第二次世界大戦後にナチス・ドイツの蛮行が明らかになって以来、いまだ答えの出ない問いである。
著者は、ドイツ人が18世紀後期以降、古代ギリシアに抱いた特別な愛着にその答えを求める。日本がユーラシア大陸の高い文化を輸入して自国の文化や国家を形成していったように、ドイツは、古代ギリシア・ローマを熱心に探究することで、独自の文化や国家を形成していった。これらの研究・教育に携わる人々は「人文主義者」と呼ばれた。
失業と貧困に喘ぐヴァイマル共和国の下、古代ギリシアに対するシンパシーのモデルが、アテナイからスパルタに転じた時、人文主義者たちにも大きな転換点が訪れる。彼らは、スパルタを模範に据えたナチズムといかに向き合ったのか。研究に没頭することで傍観した者、人文主義存続のために協調した者、学問の自由を賭けて抵抗した者――三人の人文主義者の生き方を通して、人文主義とナチズム、さらに学問と国家のかかわりを問い直す意欲作!

【本書の内容】

第1部 人文主義者とナチズムーー傍観、協調、抵抗
第一章 傍観:イェーガー――「政治的な人間の教育」
第二章 協調:ハルダー――人間性の擁護から人種主義へ
第三章 抵抗:フリッツ――「学問・大学の自由」の擁護
補 論 古典語教師の往復書簡に見るナチズムへの傍観
第2部 第三帝国におけるスパルタの受容
第一章 スパルタについて
第二章 ナチズムの世界観・政策とスパルタ
第三章 第三帝国のスパルタ受容に対する国外での賛否
第四章 第三帝国のスパルタ受容に対する国内での批判
第3部 第二次世界大戦後の人文主義者
第一章 イェーガー――人文主義からキリスト教へ
第二章 ハルダー――人種主義からオリエンタリズムへ
第三章 フリッツ――「学問・大学の自由」の擁護から啓蒙主義へ
結 語
注/文献目録/初出一覧
あとがき

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年4月30日

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