書評
『尻尾と心臓』(講談社)
仕事はずっと続く
九州の食品問屋「柿谷忠実堂」からその子会社「カキヤ」へ出向した主人公・乾紀実彦は、外資系コンサルタントから転身した笹島彩夏とともに、新規事業の営業補助GPSシステム「セルアシ」を開発することになる。子会社の社長ながら独自の経営理念と強烈なキャラで利益を生み出し続ける「カキヤ」社長の岩佐との確執や、社内の人間関係が丁寧に描かれる。
テレビドラマ化されるサラリーマン小説は数多くあるが、著者は「会社員」という言葉にこだわる。古くは源氏鶏太から、新しいところでは津村記久子まで扱った『会社員とは何者か?』といった著作もある。
当たり前だが、会社員は一人ひとり違う。「会社員」という単語で括られる存在ではない。個人の内面をぐっと掘り下げていくと、出世や保身だけを至上の価値と信奉する組織の人間の顔が一変する。著者の筆はそこを見事に掬い上げている。
ところで主人公たちが必死で開発している「セルアシ」とは何か。日中、汗を流しながら営業している人々は仕事のあと、「日報」を書いている。その日の成果を詳細に記入するわけだが、これが意外と労力を要する。フォーマットが決まっていて、取引先がGPSで特定されいちいち入力しなくても正確に処理されていれば、ぐっと楽になるはずだ。だが手書きにこだわる人もいる。位置を特定するためのGPSがうまく稼働しない。問題が次々に立ちはだかる……。
ちょっとだけネタばれするが、このシステムの構築が小説の中心ではない。見事にミッションをやり遂げた解放感があるわけでもなければ、「セルアシ」開発に失敗し馘首されるわけでもないのだ。
仕事はずっと続く。おそらく会社員である間、ずっと。仕事の成否はある。だがうまく行かなければ暫時撤退すればいい。会社は生きている。そして会社員もまたしぶとく生きている。小説はそう語っている。
週刊文春 2016年7月7日号
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