書評

『湯微島訪問記』(新潮社)

  • 2017/12/13
湯微島訪問記 / 伊井 直行
湯微島訪問記
  • 著者:伊井 直行
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(257ページ)
  • ISBN:4103771011

島の入れ子構造

湯微島が瀬戸内海にあることはたしかで、バス会社が競合するくらいだからかなり大きな島だろう。小豆島と思える節々もないではないが、途中で小豆島は湯微島の外にあると明記されているので小豆島ではない。それでも小豆島くらいの規模の、いずれにせよ架空の島である。

小説は題名通りその架空の島の訪問記。しかし作者の名前とは反対に、一気に湯微島そのものには直行しない。迂回して、お隣の小島に上陸する。通称「ドロボー島」。海賊の末裔の島とかで、島民全員がグルになって詐欺、窃盗、スリ、密輸をなりわいにしている。つげ義春の「もっきり屋の少女」のヒロインに似た絶世の美少女がいて、島の新参者はきまって彼女に有り金巻き上げられてしまう。この島にはそれなりに古い道徳が支配してはいるが、近代的な法の支配は及ばない。それでいて法支配の確立した湯微島本島は、その無法の島と持ちつもたれつの関係にあり、どうかすると「ドロボー島」のほうが親島のようにさえ思える。

湯微島は近代化しているので、近代の法秩序にしたがって(あるいはそれを逆用して)、交通機関を牛耳る成り上がり企業家が出たり、観光映画撮影がうまくいったりいかなかったりする。どこにでもありそうな島で、列島本土の近代化・脱近代化にも調子を合わせながら、近代以前の「ドロボー島」ともウマがあう、というふうに、どっちつかずにごずるく立ち回る。

湯微島の真ん中には人工の湖があり、湖のなかにまた島があって、その島のなかにまた池があり島がある。島全体が重層的な入れ子構造をなしているので、入れ子を外側にひろげると、列島本土そのものが世界経済の湯微島、または「ドロボー島」として重なる仕掛けにもなりかねない。

しかし底のあさい諷刺もしくは寓意をあらかじめさけるためだろう。小説は、正体のよく分からないインタビュアーによるインタビュー小説として、切り子面のいくつもある多元的構成に仕立てられ、切り子の一つの面から見ると他の面がかくされるので、湯微島は近づけばそれだけ遠ざかる。その架空の実在性を造形する鍵は作者のユーモア感覚で、奇妙にまのびした文体がいかにも湯微島的である。

【この書評が収録されている書籍】
遊読記―書評集 / 種村 季弘
遊読記―書評集
  • 著者:種村 季弘
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(268ページ)
  • ISBN:4309007767

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湯微島訪問記 / 伊井 直行
湯微島訪問記
  • 著者:伊井 直行
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(257ページ)
  • ISBN:4103771011

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 1990年9月23日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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