自著解説

『三島由紀夫のフランス文学講座』(筑摩書房)

  • 2017/04/23
三島由紀夫のフランス文学講座 / 三島 由紀夫
三島由紀夫のフランス文学講座
  • 著者:三島 由紀夫
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(248ページ)
  • 発売日:1997-02-00
  • ISBN:4480032479
内容紹介:
三島由紀夫こそは、戦後最高の批評家である、と言う編者が作家別・テーマ別に編む、三島のフランス文学論集成。ラティゲ、ラシーヌ、バルザック、スタンダールらの作品を三島はどう読み解釈したのか?フランス文学からどんな影響を受け、自らの文学の糧として吸収していったのか…。三島文学を理解するうえでの格好の案内書。

創作の方法論の武器庫

こうした本を編纂することが長年の夢だった。だから、今回、夢を実現できて、本当にうれしい。

思うに、三島由紀夫こそは、戦後最高の批評家である。なんについてであれ、その本質を、たったのひとことでズバリと言ってのけることのできる天性の批評家は、一世紀のスパンで見ても、そうそうは現れるものではない。今でも、なにか、素晴らしい文学作品に出会うたびに、三島由紀夫なら、これをなんと言っただろうと思うことしきりである。

この思いは、三島が自刃した当時でも同じだった。だから、三島の死とほぼ同じ時期に、仏文科に進学し、フランス文学の古典に親しむようになると、自分の気に入ったフランス文学者や文学作品、あるいは登場人物について、三島由紀夫がどんなことを述べているかむしょうに知りたくなった。幸いなことに、フランス文学については、三島由紀夫は、相当に本質的なことを、ほうぼうで少しずつ語っていたので、こちらの渇きは、それなりに癒された。バンジャマン・コンスタンについて、バルザックのヴォートランについて、アラン・フルニエについて、バタイユについて、頭の中でもやもやしたままになっていた感動が、三島由紀夫の決定的な言葉で見事に定義されるのを読むのは、またとない快楽だった。百巻の研究書をもってしても明らかにすることのできなかった真実が三島由紀夫の数行に言い尽くされているのを見るとき、「うーん、これじゃあ、わざわざフランス文学を研究する必要なんかないじゃないか」とつぶやかざるをえなかった。

ところが、意外なことに、三島由紀夫がフランス文学についてもっとも本質的な理解を示していると認識している人間は、仏文の関係者には、学生のあいだにも、ひとりもいないことに気づいた。これにはいささか驚くと同時に拍子抜けした。三島由紀夫の小説をそこそこに読んでいるという人はいる。また三島由紀夫が優れた批評家であると知っている人も、わずかだがいることはいる。しかし、三島由紀夫が、どれほど深くフランス文学を読み込んで、どんな難解な研究書もいえないようなことを簡潔な三口葉で述べていると、私と意見を同じくしてくれる人はまったくいなかった。

では、三島由紀夫を専門の研究対象にしている国文学関係の人たちは、どうかといえば、こちらは、フランス文学などを読むことはないようだし、また三島がフランス文学にどれほどの理解をもっていようと、それは彼の小説作品の解釈には関係がないと考えるのか、三島におけるフランス文学という研究はあまり進んではいないように思われた。

ようするに、フランス文学の側からも、国文学の側からも、「三島のフランス文学」というものは、ほとんど無関心のままに放置されているという印象を受けたのである。私は、これが大いに不満だった。しかし、そのうち、だれかが気がついて、「三島のフランス文学」というものについてなにかまとめてくれるだろうと思っていた。

ところが、十年たち、二十年たち、二十五年を過ぎても、そうした本はまったく現れない、こうなったら、もう、自分で作るしかない、と思い詰めていた矢先に、ちくま文庫から、三島由紀夫の評論集が、新しい角度から編集しなおされて出始めたので、無理を言って、一巻だけ、自分の思い通りの本を編ませてもらうことにした。自分の読みたい本は、自分で編纂する、さもなければ自分で書く、これが私のモットーになっているからである。



というわけで、新潮社の『三島由紀夫全集』に収録されているフランス文学関係の文章を改めて総点検してみたのだが、まとまった形の批評やエッセーのほかに、日記や旅行記の中でも、さまざまな形で、フランス文学についての考察を披露しているのが目についた。もちろん、以前にも読んで深い感銘を得た断章がほとんどだったが、今回読み直してみても、その理解の透徹ぶりには舌を巻かざるをえなかった。

しかし、それよりも驚いたことは、こうした断片を拾い出して、それを作家別、あるいはテーマ別に編纂してみると、いままでは視野に入っていなかったような、その作家、そのテーマについての三島特有の考え方、思想が浮き彫りにされてくることである。

たとえば、ラディゲ、ラシーヌのように直接的影響を受けた作家ばかりか、バルザック、スタンダール、フロベール、ジッド、プルーストといった、三島がそれほどに大きな影響を受けているとは思えなかったような作家たちについても、そうとうに突っ込んだ解釈がなされている。しかも、それも、昔読んだフランス文学について思い出を語るというのではなく、これから書こうとしている小説や戯曲の新しい方法論を模索する目的で、三島はこれらの作家を徹底的に読み込んでいるのである。ひとことでいえぱ、三島にとってのフランス文学は、過去における影響源であったばかりか、創作の現時点においても方法論の武器庫として機能していたのである。

一例をあげよう。本書では、第三章にまとめたバルザックからプルーストに至るフランス大小説家についての考察は、そのほとんどが、昭和三十年に書かれた日録風の文学論『小説家の休暇』からの抜粋であるが、これは、『幸福号出帆』の解説で指摘したように、三島が、あたらしいステップとなると期待した『鏡子の家』の方法論を捜し求める過程で行ったフランス近代小説の読み返しを反映している。

また、第四章として括った二十世紀小説についての断章、とりわけバタイユについてのそれを読むと、三島由紀夫が同時代に、ようやく自分の同族を発見して興奮している様子が手に取るように伝わってくる。そこには、最終的に切腹死へと至らざるをえなかった三島のエロスの本質がもろに露呈していて、ある種の痛ましささえ感ずるほどである。

同じことは、三島由紀夫がもっとも大きな影響を受けたラディゲの系譜の文学者たちを一か所に集めた第一章についてもいえる。繰り返し語られたラディゲとの出会いを虚心坦懐に読むならば、二十歳の三島由紀夫が、ラディゲへの嫉妬から、古典的完成度をもつ小説をひとつだけ書き上げて若くして死ぬというオブセッションにとりつかれ、戦争さえも利用しようとしていた事実が読み取れるに違いない。

さらに、第三章には、血と暗黒のサド論とデカダンス文学論を一括してみたが、この部分は、ボディ・ビルと森鴎外によって克服したはずのデカダン体質が、結局、最後まで抜け切らず、時代が危機を露呈するにしたがって、先祖返り的によみがえってきたことを明らかにしてくれるだろう。



このように、三島由紀夫が、別々の時期にさまざまなところで書き散らしたフランス文学論を、作家別、テーマ別に並びかえてみると、いかに三島がフランス文学から大きな影響を受け、それを自らの文学の糧として吸収していたかが手に取るようにわかってくる。

現在、三島由紀夫に、時代史的な角度から新たな光をあてようとする研究が盛んになっているが、そうした研究の成果もさることながら、三島由紀夫が、その読書体験から得たイマジネールな要素というものを、ここでもう一度俎上にのせ、その影響を再評価してみるという研究態度も、けっして捨てたものではないと思うのだが、いかがなものだろうか。

本書が、新たな三島研究の発端になることを切に願う次第である。

なお、ご存じのように、三島由紀夫はジャン・コクトーについてもかなりまとまった量の批評を書き残しているが、これはすでに本文庫の『三島由紀夫のエッセイ4芸術断想』に収録されているので、本書からは除外した。併せて読んでいただければ幸いである。

一九九六年十一月二十五日、二十六回目の三島由紀夫の命日に。

【この自著解説が収録されている書籍】
解説屋稼業 / 鹿島 茂
解説屋稼業
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • 発売日:2001-08-00
  • ISBN:479496496X
内容紹介:
著者はプロの解説屋である!?本を勇気づけ、読者を楽しませる鹿島流真剣勝負の妙技、ここにあり。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

三島由紀夫のフランス文学講座 / 三島 由紀夫
三島由紀夫のフランス文学講座
  • 著者:三島 由紀夫
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(248ページ)
  • 発売日:1997-02-00
  • ISBN:4480032479
内容紹介:
三島由紀夫こそは、戦後最高の批評家である、と言う編者が作家別・テーマ別に編む、三島のフランス文学論集成。ラティゲ、ラシーヌ、バルザック、スタンダールらの作品を三島はどう読み解釈したのか?フランス文学からどんな影響を受け、自らの文学の糧として吸収していったのか…。三島文学を理解するうえでの格好の案内書。

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