書評

『大いなる聖戦:第二次世界大戦全史』(国書刊行会)

  • 2019/02/22
大いなる聖戦:第二次世界大戦全史 / H・P・ウィルモット
大いなる聖戦:第二次世界大戦全史
  • 著者:H・P・ウィルモット
  • 翻訳:等松 春夫
  • 監修:等松 春夫
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(472ページ)
  • 発売日:2018-09-22
  • ISBN-10:4336062927
  • ISBN-13:978-4336062925
内容紹介:
長年にわたって20世紀の戦争と戦略に関する研究を進めてきた斯界の碩学が、第二次大戦における通念の数々を、新たな視座に基づいた緻密な分析によって刷新し、その相貌を巨細にわたり描き切った決定的大著。上下巻。
英国陸軍特殊作戦部隊(SAS)での軍務経験を経て、サンドハースト陸軍士官学校戦史上級講師、国防省戦史上席研究官、デ・モントフォート大学軍事・社会学研究所客員教授、グリニッジ大学客員教授などを歴任してきたH. P. ウィルモット氏。軍事史・戦略史のエキスパートである氏による画期的な第二次世界大戦研究書である本書を、以下ウィルモット氏自身による解説で紹介する。

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サンドハーストの英国陸軍士官学校に奉職して15年ほどがたった1987年、筆者は第二次世界大戦の通史を書かないかとの誘いを出版社からいただいた。ヨーロッパにおける第二次世界大戦勃発50周年にあたる1989年に合わせて刊行したいというのである。いまだ研究・執筆経験が浅かったにもかかわらず、筆者はこの誘いに応じてしまった。その後多少は経験を積んで、通史を書くことの恐ろしさと難しさを実感するようになった現在の筆者ならば、1937年に始まった日中戦争についての通史を執筆せよと言われたら、刊行は戦争勃発90周年の2027年まで待ってほしいと答えるであろう。

当時の防衛庁戦史室が編纂した事実上の日本の公刊戦史(戦史叢書)が第二次世界大戦の始まりを1931年の満洲事変に置いていることからも、筆者は第二次世界大戦を1931年から1945年までと定義し、それが1931年から1975年まで続いた「諸帝国と諸主権国家の戦争」のもっとも激烈で決定的な期間であったと考えている。思えば19世紀までの世界は「帝国の時代」であった。中国、インド、中東に存在した古い帝国の没落と入れ替わりに英国、フランス、ロシア、ドイツ(そして本質的な点では米国も)といった西洋文明に属する諸帝国が地表を覆い尽くした。1890年代以降、近代化政策に邁進する新興国日本も、遅ればせながらこの流れに参入して大日本帝国となっていった。

しかしながら、これらの帝国主義国家は互いに競合し合ったことと、自らが有する内的な諸問題により解体を始める。第一次世界大戦という衝撃を契機に本格化したこれらの帝国の解体は、第二次世界大戦を経ていっきに加速する。いわゆる「非植民地化」である。この流れは、1975年4月に南ヴェトナムが滅亡し、同年10月にアンゴラがポルトガルから独立するまで続いた。それ以降は東ヨーロッパのソヴィエト連邦の衛星国家群と香港やマカオといった一部の小領域を除けば、地表の全領域が初めて主権国民国家の管轄下に置かれたのである。したがって、本書は「諸帝国と諸主権国家の戦争」の前半部分の総合的記述をめざしたものと日本の読者に考えていただいても良い。

本書ではまずヨーロッパと日本に関わる戦争の記述をめぐる比率を、ついでヨーロッパの東部戦線とその他の戦線におけるドイツに対する戦争の記述の間の比率を正しくとることに心を砕いた。だいたいにおいてヨーロッパ2に対して日本1、そしてソ連とナチス・ドイツの戦い2に対して西北ヨーロッパ、イタリア、北アフリカその他の領域や海や空における戦いを1という比率で記述した。また、東部戦線における戦いの展開にバランスのとれた客観的な分析を提供することに努めた。

本書の初版を執筆していた1980年代半ば過ぎの当時、西側世界の資本主義諸国では独ソ戦に関する研究蓄積が十分にはなかった。1989年に冷戦が終結して以降、独ソ戦に関する研究は増えたが、筆者が見るところ米国や英国における標準的な研究は、第二次世界大戦全体に関して、とりわけ独ソの東部戦線とアジア・太平洋戦線に関する分析や評価にさして貢献していない。本書の目的は少しでもその不均衡を正すことにあった。

ところで、日本の読者の方々は本書の原題である「偉大な十字軍」(The Great Crusade)という言葉に複雑な思いを持たれるかもしれない。筆者の幼少年期に西洋世界では「十字軍」といえば、異教徒から聖地エルサレムを奪還する崇高で英雄的な物語と相場が決まっていた。しかし、今では傲慢で野蛮なヨーロッパのキリスト教徒どもが、高い文明を誇るイスラーム世界へ乱入して狼藉の限りを尽くした末に撃退された、というのが標準的な理解となっているようである。それでも西洋世界に「十字軍=崇高な大義のための戦い」という通念がいまだに強く残っていることは、西北ヨーロッパにおけるナチス・ドイツ打倒の戦いで連合軍を指揮したアイゼンハワー元帥の第二次世界大戦回顧録のタイトルが『ヨーロッパ十字軍』Dwight D. Eisenhower, Crusade in Europe (NewYork:Doubleday, 1948) であることにも象徴的に表れている。

筆者は、さきの大戦で枢軸国側のみならず連合国側にも多くの違法で残虐な行為があったことを周知している。英米の戦略空軍は敗北必至のドイツに対して執拗に無差別爆撃を加えて多くの非戦闘員を殺傷した。ソ連軍は大戦末期にドイツの民間人に対して身の毛のよだつような蛮行を加えたうえ、「解放」した東欧に「共産主義」の美名のもと新たな圧政を敷いた。米軍による都市無差別爆撃と原爆投下、ソ連軍による満洲における民間人への略奪暴行虐殺と、降伏した数十万の日本軍兵士のシベリアへの違法抑留を経験した日本では、戦争の大義などいかようにでも立てられると考えられているのかもしれない。とりわけ、東南アジアにおける戦いが、日本の一部では「欧米植民地支配からのアジア諸民族の解放」という論調でいまだに語られる傾向が残っていることも筆者は理解している。また、戦時下のインドでは英国の失政から二百万を越える餓死者が発生した。その点で筆者の母国である英国が「傲慢な帝国主義国家」の筆頭であったことにも疑いの余地がない。

しかし、筆者は枢軸国と連合国の掲げた戦争目的を較べた時に、どちらにより普遍性があったかという点を重視する。とりわけ露骨な人種差別と自民族中心主義に基づく「劣等民族」の排除と殲滅を公言するナチス・ドイツが枢軸諸国の中核であったことを知れば、道徳的な優劣はおのずから明らかであろう。1919年のパリ講和会議の場で世界に先駆けて「人種平等」を唱えた誇り高い日本が、このような邪悪な勢力と結託したことは、平時では想像できないような合従連衡と権謀術数が横行した第二次世界大戦期にあっても、自殺的な矛盾であったと言わざるを得ない。その先に待っていたものは日本にとって惨憺たる結末であった。

しかし、日本は確実に敗北から貴重な教訓を学んだ。1920年代から30年代にかけての日本の対外進出は独自の論理と勢いを帯びて全面戦争へと突入していった。しかし、敗戦を経た日本とドイツははるかに穏健で抑制された国家となり、それは以前とは劇的なまでに対照的で、このような慎重さは歓迎すべきものである。

本書の初版が刊行されてから30年近くがたち、この間に筆者を教え導き、研究の上でもより広い活動の中でも助けてくれた人々の多くが幽明境を異にした。そのような中でこの20年筆者の近くにあった等松春夫博士の学識と心遣いに筆者は大いに支えられた。とりわけアジア・太平洋における戦争とそれに付随する諸問題に関する最新の研究成果と知見を等松博士からご教示いただいてきた。これは欧米のすべての研究者が得られるとはいえない、非常な特権であると痛感している。

[書き手]H. P. ウィルモット(軍事史・戦略史研究家、元国防省戦史上席研究官)
大いなる聖戦:第二次世界大戦全史 / H・P・ウィルモット
大いなる聖戦:第二次世界大戦全史
  • 著者:H・P・ウィルモット
  • 翻訳:等松 春夫
  • 監修:等松 春夫
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(472ページ)
  • 発売日:2018-09-22
  • ISBN-10:4336062927
  • ISBN-13:978-4336062925
内容紹介:
長年にわたって20世紀の戦争と戦略に関する研究を進めてきた斯界の碩学が、第二次大戦における通念の数々を、新たな視座に基づいた緻密な分析によって刷新し、その相貌を巨細にわたり描き切った決定的大著。上下巻。

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