書評

『煉瓦を運ぶ』(新潮社)

  • 2019/02/22
煉瓦を運ぶ / アレクサンダー・マクラウド
煉瓦を運ぶ
  • 著者:アレクサンダー・マクラウド
  • 翻訳:小竹 由美子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(281ページ)
  • 発売日:2016-05-31
  • ISBN-10:4105901273
  • ISBN-13:978-4105901271
内容紹介:
その後の人生を一変させる決定的瞬間を、瑞々しい筆致で描き出す。故アリステア・マクラウドの血を引く新鋭の鮮烈なデビュー短篇集。

思慮深い友人のよう

きっちりと丁寧に仕上げられた短編集を読むことは人生の大きな喜びの一つだ。そこには確かな思想があるし、堆積(たいせき)された時間と、そこから醸しだされる唯一無二の風味および個性がある。まるで、控え目で思慮深い友人のようだ。そういう友人は全然饒舌(じょうぜつ)ではないのに、会っているときよりもむしろ別れたあとで、その人の言葉の曇りのなさや的確さ、考えの深さや明晰(めいせき)さ、遠慮がちで静かな機知、に気づいてうならされる。たまにしか会わなくても、話していると落着いて、こちらの思考まで澄んでくる。

アレクサンダー・マクラウドの初短編集は、地味だけれど、そういう貴重な友人に似た一冊だ。全部で七つの、抑制がきいてひきしまった小説が読める。カナダの地方都市に住む普通の人々の生活が描かれるのだが、この、普通ということの厄介さと多様さは、小説にとって、まさに大海原だ。

どの短編もそれぞれにいいのだが、「ループ」という一編は、ディテール攻撃、と呼びたいくらい、ひたすら描写される細部がすばらしい。個人経営の小さな薬局(従って、「毎週違うフルカラーのチラシを出し」、「青と白の配達トラックの一団」があって、「コンピューターによる追跡システム」まで導入しているような、大きくて新しい薬局に、いましも駆逐されかかっている)で配達のアルバイトをしている、十二歳の少年が主人公だ。

彼の配達先は、施設に入居している老人か、夫を亡くしてひとり暮しの未亡人、そうでなければ工場労働で身体的な障害を負った男性たちで、当然ながら一人ずつがまったく独特な生きものであり、主人公のあずかり知らない膨大な時間を生きた果てにそこにいる。

これは、少年の目を通して見た老人たちのきわめてビビッドな生態の断片であり、あることをきっかけに、彼がそのアルバイトを辞めるまでの話で、タイトルの「ループ」というのは彼が毎日配達に回る、自分で考えたその回り順、ルートのことだ。彼は仕事に誠実で、どの家でもできるだけ礼儀正しく、顧客に親切にしようと努めているが、同時に、おそろしいものに近づきすぎないよう、常に警戒してもいる。が、もちろんあちこちの家で彼はおそろしいものをいろいろ垣間見てしまう。なぜならそこはそういう場所で、その人たちにとってはそれが常態だからで、ここに切り取られているのはつまり、時間の分断なのだ。

個人経営の小さな薬局と、最新式のドラッグストアがたまたまおなじ時におなじ街に存在していても、それぞれの体現している時間がまるで違うように、老人と子供も、おなじ時におなじ場所で、べつの時間を生きている。“現在”には幾つもの層があるのに、多くの人は普段それを一つだと考えようとする。でも、べつな“現在”はいつもすぐそこにあり、ぱっくり口をあけている。

やはり少年が主人公の「良い子たち」(これも、やはりディテールが魅力的)は、あっけないほどすとんとした幕切れが、かえって深い余韻を残す。ここでは子供たちの時間そのものが唐突に分断され、分断されてもなお主人公のなかに、ある種の柔軟性を持って存在し続ける。レジーという子が、いいのだ、とても。

そして――。「成人初心者1」という短編が私のいちばんのおすすめなのだが、紙面が尽きたので、これは実物の本で読んで下さい。(小竹由美子訳)
煉瓦を運ぶ / アレクサンダー・マクラウド
煉瓦を運ぶ
  • 著者:アレクサンダー・マクラウド
  • 翻訳:小竹 由美子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(281ページ)
  • 発売日:2016-05-31
  • ISBN-10:4105901273
  • ISBN-13:978-4105901271
内容紹介:
その後の人生を一変させる決定的瞬間を、瑞々しい筆致で描き出す。故アリステア・マクラウドの血を引く新鋭の鮮烈なデビュー短篇集。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2016年8月14日

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