書評

『悲嘆の門』(新潮社)

  • 2020/01/12
悲嘆の門 / 宮部 みゆき
悲嘆の門
  • 著者:宮部 みゆき
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(370ページ)
  • 発売日:2017-11-29
  • ISBN-10:4101369429
  • ISBN-13:978-4101369426
内容紹介:
インターネット上に溢れる情報の中で、法律に抵触するものや犯罪に結びつくものを監視し、調査するサイバー・パトロール会社「クマー」。大学一年生の三島孝太郎は、先輩の真岐に誘われ、五カ月前からアルバイトを始めたが、ある日、全国で起きる不可解な殺人事件の監視チームに入るよう命じられる。その矢先、同僚の大学生が行方不明になり……。〈言葉〉と〈物語〉の根源を問う、圧倒的大作長編。

街に起きる小さな異変が猟奇殺人と絡み合う。稀代の作家の魅力がすべて詰まった大長篇

宮部みゆきの小説を読むと、一ページ、いや、一行目からもう動悸がし始める。そこで綴られる情景が、あまりにも心に突き刺さるからだ。最新長篇『悲嘆の門』も、そんな切迫した場面から始まる(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2015年)。六畳一間のアパート、そこには発語すらおぼつかない幼児と母親がいる。母親は肺炎のため死に瀕している。そして唯一の庇護者である彼女が息を引き取れば、次に喪(うしな)われるのは幼子の命である。

鉛色のエピソードが描かれたプロローグに続く第一章では、いくつかのピースが読者の前に提示される。主要な登場人物の一人である三島孝太郎は十九歳の大学生だ。彼はサイバー・パトロールの会社でアルバイトをしていて、そのために近所の主婦から相談事を持ちかけられる。中学一年生の少女が、学校裏サイトでいじめを受けているのではないかというのだ。

彼とは別の場所で別の相談を受ける者もいる。元刑事の都築茂典である。彼の住まい近くにある廃ビルで、屋上装飾のガーゴイル像がいたずらされる事件が起きたのだという。都築が現場を訪れると、何者かの手によって像が置き換えられたことが判った。新しいガーゴイルはなぜか、以前は無かったはずの大鎌を手にしていたのである。

三島と都築が動くにつれて、舞台の遠景でも別の何かが進行していることが判る。連続殺人事件が起きているのだ。死体の一部を犯人が切り取っていくという猟奇的な共通項があり、事件現場は広範囲に散らばっていた。そして三島は、別の異変にも気づくことになる。街角からホームレスが次々に消えているという噂がネット上を駆け巡っていたのである。三島のアルバイト先の先輩である森永はこの噂に強い関心を持ち、独自に調べ始める。

ここまでが第一章の内容だ。第二章では二筋の物語が合わさり、一本の太い流れになる。そして第三章で思いがけない方向へと動き出すのである。稀代のストーリーテラーならではの手練で、ここまで来れば読者は、もう物語の魅力から逃げられなくなってしまう。上下巻の厚みも関係ない。

作中では街で起きている大小さまざまの出来事が拾い上げられていき、都市論のように東京という街の現在が見えてくる。その手法は、バブル経済後の日本の変質を描いた『理由』を連想させる。パノラマのように巨大な舞台で進行していくにも拘らず、物語の仕方が決して鳥瞰的にならず、それぞれの登場人物の心情に寄り添って話が進行していくのは、『模倣犯』で完成された宮部のキャラクター造形の力があればこそだ。個人の些細な悪意が寄り集まって大きな憎悪になる恐怖について語った〈杉村三郎〉シリーズを思わせる要素もある(そしてここでは言えない隠し味も)。つまりは宮部みゆきの魅力全部入り。嘆息しつつ読み切った。
悲嘆の門 / 宮部 みゆき
悲嘆の門
  • 著者:宮部 みゆき
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(370ページ)
  • 発売日:2017-11-29
  • ISBN-10:4101369429
  • ISBN-13:978-4101369426
内容紹介:
インターネット上に溢れる情報の中で、法律に抵触するものや犯罪に結びつくものを監視し、調査するサイバー・パトロール会社「クマー」。大学一年生の三島孝太郎は、先輩の真岐に誘われ、五カ月前からアルバイトを始めたが、ある日、全国で起きる不可解な殺人事件の監視チームに入るよう命じられる。その矢先、同僚の大学生が行方不明になり……。〈言葉〉と〈物語〉の根源を問う、圧倒的大作長編。

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初出メディア

週刊現代

週刊現代 2015年2月7日

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