書評

『ある神経病者の回想録』(講談社)

  • 2020/03/08
ある神経病者の回想録 / ダニエル.パウル・シュレーバー
ある神経病者の回想録
  • 著者:ダニエル.パウル・シュレーバー
  • 翻訳:渡辺 哲夫
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(632ページ)
  • 発売日:2015-10-10
  • ISBN-10:4062923262
  • ISBN-13:978-4062923262
内容紹介:
フロイト、ラカン、ドゥルーズ&ガタリ……幾多の者たちに衝撃を与えた一人の男。その妄想との壮絶な格闘を記録した稀代の書物。
訳されて本になったこの高名な文献を、何の先入見もなく読んでみて、どんな印象をもつか。これがいちばんのモチーフだ。すると著者は特定の事物や事柄に奇妙なといっていい思い込みや妄想解釈を作りあげている宗教的な信念をもった人格だとおもえる。そしてこの『回想録』の全体を通じて、とくに目立つ特徴をあげるとふたつある。ひとつはすべての思い込みや妄想的な解釈は「神」を介したときに生まれてくるといっていいことだ。もうひとつは女性変身の願望(脱男性願望)が記録のはじめから終りまでいつも顔をだして、どうしても意味あり気だといえそうだ。そして全体的にじぶんの能力や人格の立派さにつよい自信をもっている人物と見うけられる。こういった印象の断片を、もうすこしくわしく言ってみたい。

たとえばひとは「性格神経」というものをもっていて、事物を想起できるのはこの神経に記憶が書きこまれているからだ。だから、「性格神経」の数がおおければ、それだけ記憶が確保される持続時間がながくなるとおもい込まれている。またこの本の記述者の考えでは、肉体が生命力を失うと神経は意識喪失の状態におちいる。この状態が「死」と名づけられるものだ。でも魂が消滅したわけではなく、さまざまに神経にきざみこまれた印象は、神経に密着したままとどまって、ただ魂が冬眠状態を経験している。そして別の機会に蘇生することになる。また「神」ははじめから神経だけでできていて肉体をもっていないから、人間の魂ととても近縁の関係にある。そして、「神」の神経は無限でまた永遠なもので、星空と密接な関係をもっている。そして星辰とか太陽とかが人間界に光や熱を与えている力について、わたしたちはほんとうにはわかっていない。ただ「神」の創造的な力の一部分として理解しているだけだ。

この本の記述者によれば、こういったことは内的な体験から疑問の余地がなく確かなことで、太陽は何年もまえから人間の言葉でじぶんに語りかけている。だから太陽は生命をもち、なにかその背後にある「高い存在」の器官だということは間違いないと考えられている。

この本の記述者のこういった思い込みのシステムは、奇妙ではあってもこれだけで精神が異常だとはいえない。自然現象を起しているものの背後に「神」があるというユダヤ=キリスト教的な理念が一般的なところでは、いつでも起りうる思考の短絡だからだ。著者は一八七〇年から七一年にかけて冬が厳しかったのは、「神」が決定したもので、それは戦運をドイツ側に向けるためだったといっている。また風とか嵐とかは「神」が地球から遠くへ立去ってゆくときに起るものだと解釈している。また天候は「私の行為の思考と依存している」ので、じぶんが思考停止したり、精神の活動を停止したり(たとえば庭でチェスをしているのをやめたり)すると、風が起るという言い方もしている。

こんな宗教ふうの思い込みの記述だけ拾いあげてくると、この本の記述者は、わが国にもたくさんいる民間の宗教家の像にいちじるしく似かよってくる。そこでこんどはすこし意図的に宗教的な言葉を拾いあげてみる。ひとりの人間が倫理的に高い位置に達すれば達するほど、彼の「神経」の状態は「神」の神経に近づいてゆく。「神」の神経ははじめから固有のまったき白色性の純粋さをもっている。これに対し「悪魔」はにんじんの赤色のような独特の色を帯び、いやな匂いをもっている。また一般的にいって男性の至福は女性の至福である官能的な快感よりも高い位階にある。またゲーテとかビスマルクのような偉大な魂は、世紀をこえて固有なかたちを保っているが、幼くして死んだ子供の魂などは他人の魂たちと融け合ってわからなくなってゆく。そして人間は一旦死ぬと「神経」とともに至福の状態へ昇ってゆき、そこから人類のなかに蘇ってくるという考えを捨てることができないと述べている。

ここまでくればこの本の記述者シュレーバーを一個の民間宗教家としてみることができるようにおもえる。奇妙な宗教的な思い込みと短絡をシステム化しているとはいえ、これだけでは、異常者と呼ぶことはできない。またこれはわたしの思い込みだが、シュレーバーのこういう宗教的な思い込みのシステムは、かれの女性変身願望と無意識のつながりがあるような気がする。この女性変身願望をパラノイアの特徴とする同性愛的な資質に結びつけずに、母系的社会の種族の大母の像に結びつければ原始的な母系種族における死、再生の観念をつかさどる神=脱男性化したシュレーバーという教義をおぼろげに無意識の衝動としてとりだせるようにおもえてくる。

この本の記述者は、あきらかに異常とみなされるじぶんの言動も記録している。つぎにそれをとりだしてみる。

シュレーバーは幾日もつづく不眠状態と不安のためパニック状態になり、信頼し尊敬しているライプチヒの主治医フレヒジヒ教授の診察をうけ入院するが、睡眠薬がきかず、不安状態はつづき、どうやっても眠れない人間は最終的に自殺するほか何も残されていないという想念で、二回自殺をはかり未遂におわる。看護の妻が四日ほど旅行で留守にしたあとで異常が起る。


一 妻は「束の間に組み立てられた」存在でほんとは死んでしまって形がない。

二 尋常でない回数の夢精(五回も六回も)をした夜から後、主治医フレヒジヒ教授は人物としてではなく、直接「私の神経」に話しかけると感じられるようになる。このときからフレヒジヒ教授は「私」によくない陰謀を企んでいるとおもうようになる。

三 それ以来、内なる声がたえず話しかけてくるようになり、「神」の神経(光線)と交流している状態で、女性変身願望(脱男性化)が実現しなくてはならないとおもい込むようになる。


はじめのうちシュレーバーは、フレヒジヒ教授が自由に神の光線をあやつって、たえまなく言葉をじかにじぶんの神経に送り込んできて、誰にもわからない形で、思考を強迫しているのだとかんがえる。でもあとでは神の光線がじかにじぶんの神経とつながっているのだとおもうようにもなる。

つぎの段階では、「神」や教授のほかにすでに死亡した魂だけが、じぶんに話しかけ、思考を強要したり、関心を披瀝したりするとおもい込む。たとえば、カトリック教の司教たちが、ザクセンとライプチヒをカトリック化する願望を耳に吹きこんだり、ドイツをスラブ化し、同時にユダヤ教による支配を告げたりする。死んだ親族たちや友人たちも訴えかける。また逆にシュレーバー自身は、看護におとずれた妻を、すでに亡くなった魂だとおもい、かれの妄想概念で「束の間に組み立てられた」人間だから、じぶんが見てないところで消滅して魂だけになってしまうのだとおもい込む。

ある夜シュレーバーのいう下方の神(アリマン)があらわれて、つよい光線の輝きを放ち、力強い低音でシュレーバーに「売女」というような怒りの声をあげ、シュレーバーはその崇高さにうたれてじぶんを、何と下賤な存在なんだと繰返し言うようになる。また上方の神(オルムズド)があらわれたときは、銀色の光線が海のようにひろがり、天空の六分の一か八分の一くらいを覆いつくし、シュレーバーを崇高さと壮麗さで圧倒する。だが付き添っていた看護人は何も感じないので「束の間組み立てられた男」だからだと考える。シュレーバーはこういう神の光線がさらに持続されたとしたら、じぶんの病気は短期間のうちに治癒されるとともに、じぶんの女性変身(脱男性化)と受胎が起ったろうと考える。そしてこの女性変身(脱男性化)と関連する変化として、男性性器の体内吸収と身長の縮小が起り、心臓は別のものに変り、肺は傷つけられ、肋骨は打ち砕かれたとおもい込む。また胃は悪い「ユダヤ人の胃」に代えられ、下腹部は腐敗しはじめる。全体的にいえばシュレーバーはじぶんの身体的な女性化の徴候は増加し、女らしさを蓄えるような妄想気分にさらされる。

わたしたちは駆け足で、この本の記述者シュレーバーの宗教ふうの思い込みや妄想のシステムを拾いあげた。また異常と呼んでいい体感の異変や事物の妄覚や幻覚のタイプと概念がどんなものかについても触れてみた。このシュレーバーの記録で、何が特徴かと問われたらふたつ答えるとおもう。ひとつはシュレーバーのすべての考想が、神=光線とそれと類似した神に近いものとしてのフレヒジヒ教授を媒介にして反復されることだ。もうひとつはシュレーバー自身にいちじるしい女性変身願望があり、これはかれの思い込み、妄想、宗教的な倫理感や強迫感とふかい関係があるということだ。そしてこれは起ってくる体感異常の現象ともふかく関連をもっているとおもえる。この関連ということについてもっと言ってしまえば、神と光線が一緒の概念であるように、神経という概念を媒介にして人間の魂と神とは関連している。シュレーバーによれば神は完全な純粋の神経だけの存在であり、人間は不完全な神経である魂と肉体とからできている存在だということになる。そしてシュレーバーのなかで神と人間とが結びつきをもつためには、シュレーバーの女性変身願望(脱男性化)が成就しなくてはならない。

よく知られているようにフロイトは「自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析学的考察」によって、この本のシュレーバーの書いた記録から、大筋で疑問の余地のないようにパラノイアの病像をつきとめた。その秘密のカギは、わたしたちが挙げてきたところにかくされている。おおざっぱにいえば、神(光線)と悪魔、男性と女性、誇大化と卑下、尊敬と憎悪というような対立概念が同時に同一性である基層のところにパラノイアの特徴が存在するということだ。


一 シュレーバーの主治医フレヒジヒ教授にたいする尊敬と、魂の破壊者呼ばわりした憎悪とはおなじ基層から出ている。そしてこの基層にあるのはシュレーバーの同性愛の無意識だ。

二 この同性愛の両義性は、父親や兄弟のような近親にも向けられる。そして近親のばあい同性愛や同性憎悪の基層にあるのは母親との乳胎児期の関係の失敗だということになる。

三 シュレーバーの女性変身願望は、ひかえ目にあらわされた同性愛を象徴している。

四 妄想が追跡するときの追跡する者、妄想が監視するときの監視する者、妄想が被害を及ぼすときの被害を与える者(加害者)は、かつて親愛した者の変身にあたっている。


そしてパラノイアの病像を作りあげたあとでも、この本のシュレーバーの宗教的な心理像の問題は残されるとおもう。これがはじめて症候シュレーバーの自己記述を読みえたわたしの印象だ。

【この書評が収録されている書籍】
言葉の沃野へ―書評集成〈下〉海外篇  / 吉本 隆明
言葉の沃野へ―書評集成〈下〉海外篇
  • 著者:吉本 隆明
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(273ページ)
  • ISBN-10:4122025990
  • ISBN-13:978-4122025998

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ある神経病者の回想録 / ダニエル.パウル・シュレーバー
ある神経病者の回想録
  • 著者:ダニエル.パウル・シュレーバー
  • 翻訳:渡辺 哲夫
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(632ページ)
  • 発売日:2015-10-10
  • ISBN-10:4062923262
  • ISBN-13:978-4062923262
内容紹介:
フロイト、ラカン、ドゥルーズ&ガタリ……幾多の者たちに衝撃を与えた一人の男。その妄想との壮絶な格闘を記録した稀代の書物。

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マリ・クレール

マリ・クレール 1991年3月号

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