書評

『小説修業』(中央公論新社)

  • 2023/02/28
小説修業 / 小島 信夫, 保坂 和志
小説修業
  • 著者:小島 信夫, 保坂 和志
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(226ページ)
  • 発売日:2008-05-23
  • ISBN-10:412205026X
  • ISBN-13:978-4122050266
内容紹介:
小説にとって最もたいせつなことは何か?小説を敬い、小説に奉仕する二人の作家が往復書簡をとおして語り合う小説論。過去の偉大な作品から力をもらい、これからの小説について考え、生と死のリアリティ、科学や哲学と文学の関係などをモチーフに手探りしながら進む、純粋な思考の軌跡。

対話の「小説化」

公開を前提とする論争や往復書簡のなかには、対話を必要としていない自説の開陳に走るだけのモノローグの羅列や、相手を過度に気づかっての、不毛な挨拶に終始するものが少なくない。互いの言葉や思想が響きあう幸福な二重唱もあるにはあるけれど、そういう事例にも、ときとして対話者ではなく読者への媚(こ)びがつきまとうから始末が悪い。その点、小島信夫と保坂和志という、おそらく筋金入りの頑固者と呼んでいいだろうふたりの作家が、みずからの小説観、もしくは創作の奥義らしきものを語り合う趣向の本書は、想定しうる弊害からことごとくまぬかれた、驚くべき一例である。

ふたりのつきあいは、保坂氏がカルチャーセンターの企画担当者だったころ、小島氏を講師に迎えようとしたとき以来のことらしいから、手紙のなかでも師と弟子といった世間並みの関係を維持するかと思いきや、これがそうではない。お互いに敬意と関心を抱きつつ手放しで賛同はせず、平行線をたどるかに見えてふと接近し、目が合うのではなく肩が触れたような軽い衝突を繰り返す。四十歳の年齢差、作家としての経歴など問題にならない。この間合いは、両者が対等の関係にあるからこそ生まれたものなのだ。宇宙的規模の偶然によって「たまたま」遭遇し、そしてこの「たまたま」がじつに必然的な事態であると感じさせるしかたで、話は最後まで対等の力による押し引きで運ばれていく。

小島氏は出会った人々の言動をひとつの情景として、悪意も意味づけもなく自作に取り込む。「相対しているときの儀礼的な部分を無視して記憶してしまう」のが小島文学の鍵だと述べる保坂氏は、逆にその「儀礼的な部分」を残したうえで、周りの人間を作中に生かす術に長(た)けている。だからこの往復書簡は、相手を登場人物として動かそうとし、その意図が合わせ鏡の像さながらどこまでも奥へのびていくその気配においてまぎれもない「小説」の実作であり、「修業」となりえているのである。

【この書評が収録されている書籍】
本の音 / 堀江 敏幸
本の音
  • 著者:堀江 敏幸
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • 発売日:2011-10-22
  • ISBN-10:4122055539
  • ISBN-13:978-4122055537
内容紹介:
愛と孤独について、言葉について、存在の意味について-本の音に耳を澄まし、本の中から世界を望む。小説、エッセイ、評論など、積みあげられた書物の山から見いだされた84冊。本への静かな愛にみちた書評集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

小説修業 / 小島 信夫, 保坂 和志
小説修業
  • 著者:小島 信夫, 保坂 和志
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(226ページ)
  • 発売日:2008-05-23
  • ISBN-10:412205026X
  • ISBN-13:978-4122050266
内容紹介:
小説にとって最もたいせつなことは何か?小説を敬い、小説に奉仕する二人の作家が往復書簡をとおして語り合う小説論。過去の偉大な作品から力をもらい、これからの小説について考え、生と死のリアリティ、科学や哲学と文学の関係などをモチーフに手探りしながら進む、純粋な思考の軌跡。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2001年10月14日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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