書評
『パティオ―スペイン・魅惑の小宇宙』(建築資料研究社)
水と緑を演ずる中庭の美しさ
なぜ、日本の人はスペインに魅(み)せられるんだろうか、とこの本『パティオ』(建築資料研究社)の写真を見ながら、文を読みながら思った。バルセロナのオリンピックが近づいたからかいろんな雑誌でスペインの風土や文化の特色がなされ、すでに固定客を持つ絵画や音楽や料理だけでなく、ここのところが他とちがうスペインならではの事情なのだが、ガウディという特異な建築家の仕事も当たり前のように紹介されている(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆年は1992年)。日本の人が欧米の歴史的な建築家の名で知っているのは帝国ホテルのライトとスペインのガウディくらいじゃないだろうか。
これから数年、多くの人がユーラシア大陸の西の隅まで足を延ばし、ガウディの奇怪な建築やアルハンブラ宮殿の妖しい美しさと出合うはずだが、もし読者で近く予定のある人はぜひこの本を見てから出かけてほしい。
スペインのもう一つの魅力、
〈パティオ〉
についての初の本格的紹介の本なのだから。
パティオは中庭のことで、スペインの生活には欠かせないものとして知られる。雨が少なく乾燥し日差しのきつい地域では、住宅は外界に向かって閉じるようになり、壁を厚く築き、白く塗って温度上昇を防ぎ、窓を小さくして日差しを制限する。しかしこれだけでは牢獄化するから、外に閉じる代わりに内に向かって開くようになり、パティオが誕生する。
外に欠けたものを内で得ようというのが乾燥地帯のパティオの精神だから、主役を演ずるのは水と植物で、中央には噴水が設けられ、タイル張りの床には鉢植えの草木が置かれ、白塗りの壁には原色の花が釣り下げられる。
砂と岩からなる周囲の自然から中庭を囲い込み、人工的に湿潤地域を演出するのがパティオだが、面白いことに湿潤地域の日本に固有な石庭の作り方と正反対なのである。竜安寺は、周囲の森を四角く中庭状に切り取って、砂利を敷き岩を置き、言ってしまえば水と緑の自然の中に人工的な砂漠を作る。
庭は末期の目で見るべし、という言い方があるし、庭は彼岸のもの、という指摘もある。庭に対し、人はこの世の現実とは別の世界を期待しているらしいが、そう考えると、日本の石庭が砂漠を演じ、スペインのパティオが水と緑を演ずるのも分かる。
さて、この本に大量に紹介されているパティオの写真を眺めていたら、一つの意外なイメージが浮かんできた。青い空と白い壁とタイルの庭で作られた乾いた空間の中を水がキラキラと流れ、花が明るく群れ咲く――この湿り気を払い落とした水と花のイメージは西方浄土のイメージじゃないか。
だから日本の人は、西の果てのスペインが好きなんだ。ゴクラク、ゴクラク。
【この書評が収録されている書籍】
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