書評
『完全版 山口百恵は菩薩である』(講談社)
ひたすら歌を聴いた情熱が書かせた言葉
この本が初めて世に出たのが1979年。山口百恵が引退したのは80年のことだった。平岡は引退の直前に、この革命的な本を著したことになる。文庫化されたときも増補された部分があった。そののち、平岡は幾つか山口百恵について書いていて、それらの文章を集め、「完全版」が出来上がった。平岡は2009年に亡くなっていて、編集したのは、平岡の思想に通暁した四方田犬彦。余談に類するが、最近の四方田の仕事ぶりは凄まじい。
新しく読んでみて、何が凄(すご)いって、平岡正明の即興的文章のドライブ感である。西田佐知子とパティ・キムとジャンゴ・ラインハルトについて語った後、西田たちの引退を嘆き、その直後、「しかし山口百恵は歌っている」と続く。その歌には「オリジナリティーしかない」と断言し、音楽の伝統とも、巨大な音楽家の影とも無縁に、百恵は歌っている、と続く。美空ひばりの影も、古賀メロディーもない地点で山口百恵は歌っていた。平岡正明はその歌をずっと聴き続けている。映画も観なければ、テレビドラマもみない。ひたすら、歌のみ。そして76年、「横須賀ストーリー」に出会うのだ。
以後、平岡は山口百恵の凄さに打たれ、膨大な言葉を費やす。この完全版は400ページを超える。ひたすら歌手の隣で歌を聴き続けるだけの批評。歌謡曲批評の金字塔はこうして生まれた。
定価4000円は、やはりちょっと高いかも。しかし文庫版でさえ入手困難だったことを考えれば、出費は惜しくない。
36年という時間を経ても、この本には読む者を揺さぶる情熱が脈打っている。平岡正明は山口百恵を「菩薩」として聴き続け、彼女を伝説化した。平岡のこの本もまた、音楽批評の歴史の中に伝説として燦然(さんぜん)と輝く光を放っているのだ(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2015年7月)。