書評

『イタリアン・セオリーの現在: 批判的試論』(平凡社)

  • 2019/07/07
イタリアン・セオリーの現在: 批判的試論 / ロベルト・テッロージ
イタリアン・セオリーの現在: 批判的試論
  • 著者:ロベルト・テッロージ
  • 翻訳:柱本 元彦
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(481ページ)
  • 発売日:2019-03-23
  • ISBN:458270347X
内容紹介:
イタリア現代哲学の起原をフランス現代思想との連続性とイタリア固有の知的伝統(政治哲学)とに探りその全体的な布置を描く。

時代の先端を走る思想

ネグリ、アガンベン、エスポジト、……。イタリアの現代哲学が突如アメリカで流行し始め、たちまち世界中で読まれるようになった。隆盛を誇ったフランス現代思想を押し退(の)け、なぜイタリアン・セオリーが脚光を浴びたのか。イタリア思想に詳しいテッロージ氏が、その特質や背景を解説してくれる。

イタリアン・セオリーの主役たちは、本国イタリアでは傍流の人びと。ネグリに至ってはテロ幇助(ほうじょ)の容疑で追われ、フランスに亡命したも同然だった。ネグリやアガンベンは、フランスの思想家、特にドゥルーズと懇意で、フレンチ・セオリーをリメイク。政治哲学の味付けをしたのがイタリア流だ。

本書は三部構成だ。第一部がイタリアン・セオリー。第二部のポストモダン、第三部のアカデミズムの哲学、はおまけである。そこで第一部の内容を、順番に見て行こう。

最初のテーマは「生政治」。フーコーが一時期用いた概念である。フーコーは結局これを捨ててしまったが、その言葉だけがイタリアに飛び火し、ああでもないこうでもないの議論になった。生政治は、労働者を踏み台に肥え太る新自由主義の手口を描くのに便利だともてはやされた。だが結局、それがなにを指すのか、謎のままである。

つぎは「共同体」。ネグリの「マルチチュード」が有名だ。SNSで繋(つな)がる非正規雇用の労働者、みたいに《共同体なき共同体、…ただ純粋に共にいること》を指すという。マルチチュードは、グローバル化に抗する拠点なのか。著者は懐疑的だ。《粉末化した現代社会では、ソーシャル・メディアが第一の手段であり、…何も組織でき》ない。《この粉末的マルチチュードの全体は、…ますます空虚で非現実的なものとな》って行くだろう。悲観的な見通しだが、これが現実なのである。

第三に、「政治神学」。イタリアの哲学者たちは、カール・シュミットの至上権の思想に注目する。《法が主権者の至上権を決定するのではなく、主権者の権威が法を決定する》という法理だ。憲法制定権力や国家緊急権、さらにはファシズムやナチズムに通じる。アガンベンやエスポジトはこの概念に触発され、独自の政治論を展開する。

著者ロベルト・テッロージ氏は一九六五年イタリア生まれ。専門は美学、哲学で、多くの著書がある。美術館のキュレーターを務めたあと来日、現在は立命館大学で教える。本書は日本の読者のための書き下ろしだ。巻末の人名索引はイタリアの思想家らが五○○名あまり。文献リストも膨大だ。博識と勉強ぶりが際立つ。イタリアン・セオリーについて書かれたわが国最良のテキストであろう。それでも読後感はもやっとする。そもそも対象が難解なのだ。

イタリアと日本は共通点が多い。マルクス主義の影響が大きく、戦時の独裁体制を経験し、敗戦国で、資本主義の発展と自由思想の波に揉(も)まれた。実存主義やポストモダンや、新思潮が押し寄せた。イタリアが独自なのは、カトリックと神学と美学の伝統があり、新思潮を自分流にアレンジする哲学者たちがいることだ。その仕事はイタリアで無視されても、海外で評価された。新自由主義とグローバル化がもたらす絶望に、立ち向かえるかもしれない左派の思想、という評価である。

グローバル化の波に呑(の)まれ、失業や貧困や不安に若い世代の人びとが苦しんでいる。イタリアン・セオリーはその特効薬ではなさそうだ。でもポストモダンを踏まえた、思索の実験として時代の先端を走っている。
イタリアン・セオリーの現在: 批判的試論 / ロベルト・テッロージ
イタリアン・セオリーの現在: 批判的試論
  • 著者:ロベルト・テッロージ
  • 翻訳:柱本 元彦
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(481ページ)
  • 発売日:2019-03-23
  • ISBN:458270347X
内容紹介:
イタリア現代哲学の起原をフランス現代思想との連続性とイタリア固有の知的伝統(政治哲学)とに探りその全体的な布置を描く。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年6月2日

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