変身、といえばカフカか仮面ライダーの専売特許ということになっているんだけれど、無念なことに後者から連想できる爆笑思弁小説の傑作『沢蟹まけると意志の力』(佐藤哲也/新潮社)は今や入手困難。図書館で見かけたら即、手に取って下さいますように。ホントに面白いんだから! なので、今回はカフカつながりでトンマーゾ・ランドルフィの短篇集『カフカの父親』をどうぞ。
ランドルフィはその文名の高さにもかかわらず、これまで日本ではほとんど紹介されてこなかったイタリアの作家なんだけど、いざ読んでみるとそれもむべなるかな。作風がすごく特異で、しかも作品によっては哲学的といってもいいほど難解だったりもするから。でも、大丈夫。そういうわけのわからなさが奇妙な味に昇華しているので、わからない=つまらないというくびきからは見事に解き放たれているのだ。
たとえば、ランドルフィの作品の中でもとりわけ有名な一作「ゴーゴリの妻」。文豪ゴーゴリの妻が精巧な××××××だったというこの短い物語がかもす、奇天烈かつグロテスクかつ哀愁すら漂うユーモアはまさに絶品だ。また、「剣」がかもすクールな残虐性も忘れがたい。とんでもない切れ味の魔剣を手に入れた青年を慕う美少女。彼女が青年の前に身を投げ出した時――ああ、その凄絶なシーンのおぞましさ、美しさといったら! ランドルフィの文章の切れ味こそが魔剣のそれに違いない。感嘆の声を上げてしまうほど素晴らしい一篇なんである。
そして、表題にもなっている問題の作品はというと、カフカが父親の頭をつけた巨大な蜘蛛に悩まされるショートショート。評伝によれば、カフカを支えていたのは母や妹、婚約者といった女性性で、男性性のモデルであるべき父親はユダヤの怒れる神のごとく試練と抑圧だけを与える存在だったらしい。ランドルフィはその事実に着目。自分が毒虫に変身する物語を書いたカフカの、専制的だった父親に対する皮肉な意趣返しを思わせる物語をこしらえたのだ。奇抜なアイデアと端正な文章と鋭い知性から生まれた十五篇の不思議な世界。?と!の間を行ったり来たりの読書体験ができるはずだ。
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